2014年1月24日 星期五

妖精さんの、あけぼの

人類がゆるやかな衰退を迎えて、はや数世紀。
すでに地球は妖精さんのものだったりします。
平均身長十センチ。
三頭身。
高い知能。
無邪気な正確。
失禁癖アリ。
極めて敏捷。
現在、人類といえば妖精さんのことを指します。
私たち旧人類はただの人です。
妖精さんの人口は正確な調査によるものではありませんが、百から二百億くらいはゆうにいるのだそうです。
まだ人類新学と言う妖精さんに関する学問が比較的盛んだった頃の予測値ですから、今はもっと増えているかもしれません。
一方、私たち旧人類ですが、すでに億はいません。もう長くないですね。
国歌は崩壊していますし、文明レベルも下がりに下がってますしね。
妖精さんの生態・出自・文化は謎に包まれています。
様々な伝承・民話・御伽噺などに、その存在を垣間見ることはできます。まだ私たち人が幅をきかせていた時代から。
しかし妖精さんが何をきっかけとして地に満ちたのかは謎です。
もちろん彼ら自身も知りません。
記録にも残っていません。
彼らはその気になれば高度に文字を扱えますが、書き残すという習慣がまったくありません。
妖精さんは、のんべんだらりと地球中に生きています。
そして私はくすのきの里担当の国連調停間。
調停間というのは国際公務員ですね。
国連調停理事会に属し、妖精さんと人間との間に起こるさまざまなトラブルを調整するのがお仕事でした。
はい、過去形です。
今はもう調停の必要なトラブルなどは、ほとんど怒ることはありません。
私たち人からは、もう強い感情が失われているのです。
人口が少なくなったこともあり、人々は豊かな大地を故郷とし、そこでひっそりと暮らしております。

ガリガリガリガリ。
ガリ版用の鉄筆が原紙を切る音が、延々と事務所に響いていたのも数日のことでした。
前回の騒ぎの後、私が明け暮れたのは、報告書の原稿作りでした。
報告といっても格式ばったものではなく、事務所に残されていた資料にならって書き上げられたほとんど日記と大差ないようなもので、まるで仕事をした気分はなく。
さしたる苦労もなく脱稿してしまった後の、イラスト描きのほうにかえって時間が取られたくらいです。
送付用と保存用に印刷し、早くもやることがなくなっていました。
「おじいさん、仕事ください」
珍しく事務所のデスクでうつらうつらしている上司に詰め寄ります。
「うむ、ない」
「ないことはないでしょう」
「だが、ないのだ」
「閑職だとは聞いておりましたけど」
「なら掃除でもしてくれるか」
「昨日しました」
ちなみにおとといもしました。
「その割には、今朝方私が来たとき、ゴミが落ちていたがね」
「姑サンみたいなこと言わないで下さい。楽でクリエイティブな仕事を下さい」
「こしゃくな若造発言を」
困ったように祖父は腕を組みます。
「フィールドワークで手を打つか」
「実質、自由行動じゃないですか、それ」
「わが事務所は自主性を重んじている」
「主体性なき指導ですね」
「そういうのは自給自足で頼みたいがね。さて、私は午睡業務に取り掛かるか」
猛烈に仕事じゃありません。
「あの、おじいさんは最初、どのように仕事してらしたんです?」
「私のいた頃は事情が多少違ったからな。まあやることはあったんだ。それでも妖精関連は今とそう変わりなかったぞ。彼らと定期的に接触を取っていくのは難しいからな」
全開の労苦と顛末を思い返し、私はため息をつきます。
「そうですね」
祖父は何事かを思いついたようで手を打ちます。
「なら、ちょっと使いに行ってもらえるかね?」
「え、それは、仕事なので?」
「仕事だろう。知り合いというのが私の助手だ」
「ああ」
思い出します。
祖父はすでに助手がいるのです。
つまり私の先輩に当たる刀のですが。
「獣のようなむくつけき男性でしたっけ?」
「理想的な若者像だな」
「やあ思い出しました。今日は野に出ます。妖精さんの文化研究をしなければならないのでした」
「逃げるな」
「知らない人は苦手です」
「気難しい、誰に似た?」
「行って参ります。本日は直帰するかもしれませんので、美味しいご飯をお願いしますよ」
「なんという孫。お前だって菓子ばかり作ってないで、料理くらいできるようにならんと私が死んだあとどうするつもりだ?」
お説教を無視してバッグを手にしたとき、事務所のゴミ箱に奇妙なものが捨てられているのを目にします。
「これ、なんでしょうか?」
私は捨てた覚えのないものです。
拾い上げて祖父に見せます。
「ああ、だから落ちてたゴミがそれだ。大きいだろう。実にゴミ。全く持ってゴミではないか?」
孫の手落ちを皮肉で間接的に責める肉親は実在します。皆さんも気をつけて。
「紙の模型ですか、これ?」
「わからん。子供が作ったものが風か何かで紛れ込んだのだろうが」
「くしゃくしゃです」
「丸めて捨てたらかな」
「これ、一枚の紙を折ってできてるんですかね?だとしたらちょっとしたものですよ?ああ、折り紙かもですね。何枚かつかって作る複雑な、おじいさん?」
祖父は背もたれに寄りかかって寝息を立てていました。
「もう」
年寄りは一瞬で寝ます。
ゴミが気になる私は、一人でしばらく弄繰り回していました。
握りつぶされているので破損している部分もありますが、元の状態はかなり複雑な造詣だったようです。
これで紙を折るには、かなり器用さが求められるはず。
すると一箇所、小さな穴が開いているのを発見。
紙風船の要領で、息をプッと吹き込んでみました。すると一瞬でちいさな紙細工は膨れて、潰される前の形を取り戻し、無数の節足をわしゃわしゃとうごめかせて、
「きゃわっ」
驚いて、ごみを放り出してしまいます。
偶然ゴミ箱に落ちていったそれは、虫の形をしていました。
しかも、ものすごく本物っぽい。
紙くずという認識でいたため、膨らませるまで全く気付きませんでした。
明らかに悪意を感じる流れです。
「わ、わかって調べさせましたね、おじいさん?」
「ぐう」
たぬき寝入りでしょうか。
私を驚かせるため、折り紙で精巧な虫を作って仕掛けていたに違いアリマセン。
深くにも本気の悲鳴を発してしまいました。
単体だったりシンプルだったり甲羅があったりする虫は比較的我慢できますが、ある種の芸術系幼虫(色とりどり突起にょきにょき)や集団生活系幼虫はもう本当に人をおかしくします。今の折り紙は、まさに芸術家肌。不意打ちはどうか勘弁していただきたい。特に空気を入れるため口を付けさせるところが陰湿であり、見事な計算でした。
祖父も寝た振りをしつつ、内心ほくそ笑んでいることでしょうとも。
ゴミ箱を覗き、そのえげつないデザインを確かめます。
「リアルすぎる」
よくよく見ると、節足動物の特徴でした。
ムカデやヤスデほどスマートではありません。
いうなればぞうりみたいな形。
こんな生物をどこかで見た記憶があります。
「だんご虫?」
ちょっと違うような。
けれど平べったくしたら、ちょうどこの形です。
無数の足まで完全再現。
実に、実に手間隙のかかった悪戯。
「ぐう」
憮然とした視線を叩きつけますが、起きる気配はないようです。
「・・・いってまいります」


数日ぶりのごみ山。慣れた道のりとはいえ、さすがに勾配をしばらく歩かされるため軽く汗ばみます。
大味のようでいて細かく作りこまれた妖精都市はそのまま残っていますが、数日前ここで饗宴が繰り広げられたのが嘘のような、閑散とした雰囲気がただよっています。人の気配もなく、ここがすでに集って楽しい場所ではないことは、私にもありありと感じられます。
妖精さんは陽気の概念にとても敏感な種族なのだと思います。
楽しさというものは、同じ状況を作ったからといって完全に再現されるものではないのです。目に見えないうねりが最高潮に達した時、初めてたち現れる刹那の楽しさ。彼ら妖精種が好むのはそうした貴重な一滴なのでしょう。
そもそも彼らは定住をしません。
遊ぶために大勢が集うことはあっても、大規模な社会を形成することはありません。これは生きるための食料を生産する必要がないためといわれていますが、真実のほどは定かではありません。普段はそれぞれが思い思いの場所でふらついているようなのです。人は時折、単独もしくは少数で行動しているよう生産と出くわすことがあります。私も規制の途中、一度は偶然に目にしました。彼らはそうやって、楽しいことを探しているのかもしれません。
ごみ山メトロポリスというイベントは、大いに盛り上がりました。
妖精さんに集落化を導くことで私の仕事もしやすくなる、そう考えたゆえの行動でしたが、あの結果を見るに、実に認識が甘かったと結論するほかありません。私がした事は、単にひとときの娯楽イベントを立ち上げただけ。貴重なスケッチをいくつか残せはしましたが、それだけです。恒常的な調停活動に向けて、強固な関係構築には至りませんでした。
まだ都市の名残を残すごみ山周辺をぐるりと回って、向こう側に抜けてみます。一人くらい残って遊んでいないかと視線をめぐらせますが、誰もいません。
「ふう」
まだまだ荒い呼吸を整えるため、横倒しになったミニチュア・ビルに腰掛けます。バッグのポケットから、手製のミルクキャンディを一つ取り出し、口に含みました。祖父も言っていたように、お菓子を作るのが料理より得意だったりします。学舎にも調理実習のカリキュラムはありませんでしたし。私はいつも、配給される水あめやチョコレートを材料にしてお菓子作りに励んでいたのです。
そうですね、ザリガニを煮込むくらいの料理はできるんですが(ギャグです)。
今日おやつは、クリームと水あめで手軽に作ったミルクキャンディー。清潔で柄の違う紙片で一粒ずつ丁寧に包んであります。
ぼんやりと陽光に当たりながらキャンディをなめていると、いろいろなことを自在に忘れていくことができます。一次関数とか。
「もうひとつぶ」
太らない体質なので、糖分を取ることに対する抑止力は存在しません。
口中に広がる淡い甘み。クリームと水あめだけで煮詰めた素朴なキャンデイを、シュガーパウダーで包むことで、甘みの濃淡がついたやめられない止まらない一品に仕上がります。
「もういっこだけ」
至福のときが過ぎます。
視線を感じたのは五つ目を舌で転がしている時でした。
横っ面からちくりと刺さるかすかなそれは、見ている人間のサイズ自体が小さいことを意味しています。
「といいますか、ちくわさん、なのでは?」
草むらからひょっこり突き出ているうかつな小顔に、そう声を飛ばします。
ビクッと痙攣するちくわ氏。
「あ、あ、あ」
「どうしました?そんなところで?」
なんだか怯えられているような。
顔見知りなのになぜ?
「もしもーし?」
「ぴー!」
逃げ出すそぶり。咄嗟に手を叩き、大きな破裂音を発します。
草むらに近寄って掻き分けますと、哀れ転がっていたのはカラフル球体。音に驚き、丸まってしまったちくわ氏でした。
手にとってみると、
「あ、濡れてる」
失禁してしまったご様子。
ほっといても数分ほどで活動を再開するのですけど、片手で球体を固定し、もう片方の五本の指先を表面にくっつけてすばやくツボを抑えた動きで、
「こしょこしょこしょこしょ」
「っ、ッ、アーッ!」
たまらず球体はぱっくりと割れ、内側に畳まれていた四肢と頭が飛び出してきました。ジタバタと暴れますが、固定されているため逃げることはできません。
「ごぶさたしております。ちくわさん。こしょこしょこしょこしょ」
何気に続行。
「はわわーんっ」哀れなほどに身をくねらせますが、くすぐりから逃れることはできません。
「お、おじひーっ、じひーっ!」
程よいところで開放してあげます。
「私のこと、覚えてます?」
「え?」ちくわ氏は至近距離から私の顔を見つめます。
「ほら、つい数日前に」
「あー」思い出してくれたのでしょうか。「たべないでー」
「食べませんよ」
こんなやり取りを以前もしたことがあるような。
「ぼく、たべたらだめですよ?おなかこわしますよ?」
命乞いする態度は、あからさまに見知らぬものに対するそれでした。
ははあ。これは、もしかすると
「ぼくら、きいろいちごうとかてんかされてますゆえー」
黄色一号って。
「でも、どうしても、たべるとおっさるのであれば、あれば・・・」
「ちくわさん。まさかあなた。私のこと忘却していませんか?」
ポカンとされてしまいます。
「はい?」
「名前をつけてあげたときのことを思い出してください」
「なまえ?」
「そうです。あなたはいつちくわさんになりましたか?」
「さて?」
「ついこの間のことでしょう?」
「・・・」
考え込むこと十五秒。
「ああー」
おびえが混じりこんでいた表情が、ふと和らぎます。
「思い出してくれたみたいですね」
「あー!これはこれは、おひがらもよく、いいてんきです?」
「そうですね。晴天で好天ですよ」
「そうでしたかー」
「あらためて、こんにちはですね」
「ごぶのさたです」
片手で吊り下げられたまま、ペコリと首をたれます。
「でも忘れちゃうのはひどいですね。そんなに日数は経過していないのに」
「はー、めんもくないー」
ぼんやりと首をかしげられました。
「減点いちです」
「やーん」
「あなた方にとって、一日というのはとても長い時間のかもですね」
「いちじつせんしゅうのおもいですよ?」
「あら、なるほど」
くすりと笑みを漏らしてしまいました。
「ところでさっきから気になっていたのですけど」
「するとよいです」
「心なしか、日焼けしていませんか?」
「あー、そのあんけんですかー」
ちくわ氏は全体的に浅黒くなっていました。
「どうしてパンツしか履いていないんですか?裸だから日焼けしちゃったんでしょう?」
しかも毛皮めいたハラマキは、そこはかとなくジャングルの王者風を吹かしているではないですか。
「ぱん・つー・まる・みえー」
「何いってるんですか」
妖精さんはしたり顔で言いました。
「はだかいっかん、いきてます」
「まあそれはいいことなんですけれども」
「にんげんさんもはだくとよいです」
「食べますよ」
「ぴーーーーっ!?」
「冗談です」
「にんげんさんのじょうだんが、はーとにびんびんきくです」
被虐体質なのかしら?
「乙女ははだけません」
「そおですかい」
「よくよく見ると、そのハラマキはちくわ柄ですね」
「それほどでもー」
照れてます。
「ちくわ大好物なんですよ私」
「わっぱーーーっ!?」
「冗談ですってば、まあ、お似合いではありますけどね」地面に下ろしてやります。「はいどうぞ、お目当てのもの」
ミルクキャンディを一つ、ちくわ氏の鼻先にちらつかせました。
「あー、あー!」
取り乱し、ピョンピョンとはねてキャンディに両手でしがみつくちくわ氏。釣り成功。五十センチばかし持ち上げてみても、空中でぶらぶらゆれるに任せっぱなし。
「やーん、くださいー」
指を離すと、バランスを崩して背中からぽてんと落ちます。胸元にいとおしげに抱いたキャンデーは離しませんでした。
「それ、私の手作りなんですよ。どうぞ召し上がれ」
「たべるのもったいつけます」
「ならもうひとつあげましょうか?」
「なんたる!」
ビックリした顔で、私を見上げます。
その腕の中に、二つ目のキャンデーを押し込みます。ちくわ氏は「この展開はありえない」とばかりにプルプルと身震いしていました。
正座し、二つのミルクキャンデーを両脇に抱えたまま、
「いっそけっこん、しますか?」
「しません」
「そおかー」
落胆した様子もなく。
「ところでお仲間はどうされました?」
「あっちでげんきにげんしです?」
わけがわかりません。
「げんちって?」
「さー?」
原子?
「じゃあ質問を変えて、どこに集落を作ったんです?お姉さんに教えてくれませんか?」
「は、がんばるます」
ちくわ氏は歩き出しました。ぴたり止まって、私に目線を投げてきます。ついて来い、ということでしょう。
歩きながらちくわ氏が言いました。
「うしろからたべるつもりです?」
「どうしようかなあ」
「ああー」
ちくわ氏は背筋の震えに操られるように、くねくね身もだえしました。構いやしません。どうせ本人も期待しているのです。
「こ、こぼめもおおめですが?」
「カルシウムが豊富そうでいいじゃないですか」
「きゃーーーー!」


「ここが・・・そうなんですか?」
「そうなるです」
案内された場所。
そこは広大なサバンナでした。
といってもアフリカ大陸ではありません。
私の知っていた廃墟の一角が、サバンナにされていたのです。
途方もない規模で行使された、何らかの手段で!
遠くに目をやれば、古い建物とそこに絡む木々の輪郭がでこぼこの地平をなしているのが見えます。そちらならば、私の良く知る世界だったのです。
何らかの方法で一帯にあった廃墟と森を伐採しつくし、その開拓地に低木や草を植えつけ、大草原へと変えたのです。たぶん、驚くほどの短期間で。
「前回も驚きましたけど、今回もまた盛大にやりましたねー」
「ひろいのがぐっどです」
「そうなんでしょうが」
野生の王国を再現、とめぼしをつけました。
この環境で集落というと、だいたいのイメージがつきます。
さらにしばし歩くこと数分。
はたしてそこにあったのは、想像通りの原始的な村でした。
「もどたー」
ちくわ氏が声をかけると、そこらに無秩序の建っている草ぶきの小屋群から、妖精さんたちが雨後のタケノコのごとく姿を現しました。
彼らはすぐに私を見つけ、ただでさえ丸い瞳を銀杏の形に見開きます。
「にんげんさんだー」「うおー」「まじなのです」「ちかよってもへーき?」「おこられない?」「これからどーなってしまうのかー?」「あやー」「おおきいですー」「ごぼてんすきです?」「ひえー、ひえー」「のっけてくださいー」
全員、ハラマキ姿。
「みなのものー、きちょーなおかし、げっとしたです」
飴玉二つを高々と掲げるちくわ氏です。
群集から喝采があがります。
「みるくきゃんでーだー」「あめちゃんー」「おおー」「いいにおいだねー」「つつみがほしいー」「これ、てづくり?」「どこにみのってたです?」
ちくわ氏は答えます。
「にんげんさんにもらたー」
「にんげんさんがー?」「おおきいだけじゃないのです」「あめくれるです?」「そんな」「まさか」「できすぎたはなし、かと」
「まだたくさんありますけど、いります?」
そう提案すると、どっと村が沸き立ちました。
「くださいー!」「あー!」「うわーん、ほしいー!」「あなうー!」「そのときれきしはうごいたです?」「きょうはまつるです」「ぎゃわー」
暴動になりそうな勢いでした。
急いでバッグをあさって、ミルクキャンディを全て差し出します。
草原に山をなす飴玉。
それを囲むたくさんの妖精さんたち。
「さすがに一人一個はないので、砕いたりしてみんなで分けてくださいね」
「だってー」「どーやってくだく?」
「このあいてむつかうしか」
ちくわ氏が持ってきたもの、それは石器です。
石を打ち欠き鋭利にして作る初歩的な利器。
超科学をもつ妖精さんにしては、随分と原始的な代物です。
しかも非力な妖精さんのことです。石器に用いた石は、
「軽石でしょう?それ」
「さようです」
やっぱり。
「でもおもいので、のちにあつみがみでつくりなおします」
厚紙って。
「使い物にならないんじゃ?」
「そこは、きあいで?」
なるほど。
「では、わるですー」
飴玉を並べて石器を正眼に構えると、村はしんとした緊張に包まれました。
「たあ」
石器は地面に当たります。
「たあ、たあ、たあ」
地面、地面、地面でした。
やり遂げた者の顔が私を見上げました。
「さすがにちきゅうはわれぬですなー」
「目的違ってるじゃないですか」
「なんと」
「道具使うの下手なんですね」
「こういうのは、むずです」
運動神経はいいのに、超種族の意外な欠点。
「やってあげましょう」
私の手には小さすぎる石器は用いず、直径十センチほどの石を拾いました。
それで飴玉を叩きます。
角度が悪かったのか、飴玉はすごい勢いで弾かれ、固唾を呑んで見守っていた妖精さんたちの間で激烈にピンボールしました。
それはおそらくゲーム上なら高得点をたたき出したのですぅぅぅっ(一瞬パニック)。
重軽傷者多数を出す大惨事でした(すぐ冷静に)。

「ぴーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

たちまち村は恐怖と混乱に支配されます。
「はじまったー!」「じぇのさいっ!じぇのさいっ!」「たまつきじこだーっ!」「ひええっ!」「ぼくらのらいせにごきたいくださいーっ」「たまりませぬよー」「にょーーーっ!?」
「いえ、すみません、わざとではなく、あの、ごめんなさい、本当に、悪気はなかったのです悪気は、あの、泣かないで・・・」
慰謝には三十分を要しました。
もちろん全員失禁してますからね、きっちり。
何とかなだめて飴割に戻れたときには、村の人口は半分になっていました。
どこかに逃げていってしまったのです。
「かそりましたです」
「ごめんなさい」
過疎化を加速してしまいました。
今度はそっと、石の重量を利用して押し付けるくらいの力で飴をたたきます。
それぞれの住居に隠れてしまった妖精さんたちから、微妙な恐怖の波動を受けながら、粛々と作業は進みました。
「こんなところでしょうか」
等分かどうかはともかく、飴玉は全て細かい破片にできました。
妖精さんたちが目を輝かせてよってきます。
「わー」「あめだー」「あまーう」「いっぱい、あるです」「みるきー」「しあわせですなー」「まいうー」「まったりとしてそれでいてまろやか」「こんねんどさいだいのわだいさく」「みたされちゅうです」「すごいおいしー」「いきててよかったなー」「けっこうな、あじでは?」
わいのわいのと、飴パーティーは盛り上がりました。
一緒にべた座りして参加しちゃいます。
「ところでちくわさん」
「はいー?」
「この前はすごい未来都市だったのに、どうして原始時代?」
「あえて、たいかです?」
メリットが感じられないんですが。
「あ、にんげんさんに、ごそうだんです」とびっしり手を挙げます。
「どんと来てください」
「そういえば、なんか、じゅんばんにしんかしてみようとしたです」
「え?順番に進化?」
「なんか、そゆことしたかうなったですよ?」
んーと唇と指先でなぞりながら考える私。
そういう趣旨の発言を、前の時にしたような、しなかったような。
私のことを神扱いしようとした彼らの記憶に、言葉だけがインプリントされて、って、いやいやいや、困りますよそういうのは?
「内政干渉になってしまう、のでは?」
「はい?」
「いいえ、独り言です。ええと、順番に進化して、それで?」
「それでですなー」
ごまかしちゃいました。
「もーずっとはじめにんげんやってるですよ。けどなかなか、つぎのじだいにしんかできぬです」
「進化ねえ」
そういうのは彼ら自身の意志で制御できるような気がするんですが。自分たちで定めたルールがあるのかも。
「うまく、しんか、したいのです」
「とおっしゃられても」
「にんげんさんは、このあと、どうしました?」
「あ、歴史の問題ですか。それはいけない」
「ほよ?」
顔を近づけて告げちゃいます。
「資料がないですから」
「ないのですか」
「失われたのです」
「たのですかー」
ショックを受けた様子もなく、けろりとしています。
「なにかたりぬです?」
「足りないものですか」
「にんげんさんにあって、ぼくらにないもの」
「うーん、闘争、ですかねー」
「とうそう?」
言葉を吟味するように、ちくわ氏は繰り返しました。
私の背筋をひやりとしたものがおりていきます。
「あ、ちょっと待って下さい。今のなし」
「あな?」
「間違えました。闘争ではなく、狩猟でした」
「ほう」
「狩猟、つまり狩りですね」
「かり」
「生きるために狩猟採集生活をします。その中から、人は生きる活力と技術を発展させていったのです。確か」
「なるほどなー」
「ただ、このあたりに狩猟するような大型の動物っていないと思いますけどね。そもそもあなた方は食べ物を必要としないんでしょうし」
「うーん、かりなー」
このときは、それで終わったのですがね。


彼らはいかにしてそれを身につけたのか?
一夜にしてゴミ捨て場を未来都市に、廃墟をサバンナへと帰る技術力を。
「妖精には闘争の概念がない」
という祖父の言葉に、私も異論はありません。しかし、であるとするなら、彼らはいかなる経緯によってあの高度で出鱈目でおそらくは旧人類のそれよりずっと発達した科学技術を持つようになったのかという疑問はそのまま残ります。
先のサバンナの件、廃墟と森を伐採し、そこに改めて別の環境を植えつけるという離れ業は、科学を通り越して一種の冗談に近いものがあります。高度に発展した科学は冗談と見分けがつかないのです。
彼らはいかにしてそれを身につけたのか?
「それらの質問に答える前に、まずお前の意見を聞こうか」
「わからないからお尋ねしたんですが」
「お前は一応優等学士様ではないのかね?優等だぞ、優等?辞書で引いてみろ。一般より成績知識が優れているという意味だ。学舎最後の卒業生で他に何人、優等を取った?」
「ふたり」
折れ曲がりがちのVサイン。一人は私。もう一人は友人Y。
「でもおじいさんの時代よりカリキュラムは減ってるんですよ。担当教授が亡くなって教えられるものがいなくなった分野なんかは、他の暇な教授たちが集まって残された資料を首っ引きにしながら授業を進めてたくらいでしたし。同じ学位でも昔と今では密度が変わってるんです。でも私はそんな牧歌的な教育の中から人間性を回復させ、豊かなイマジネーションとフレキシビリティーをえることに成功したゆとり世代なんです」
「ゆとり世代だと?妙な言葉を作り出しおって、豊かなイマジネーションがあるならそれで想像してみたらどうだ」
「豊か過ぎて、知らないことを考えてると妄想ばかりが膨らんでしまうんですよ。だからわからないことは調べずに即質問する」
「ゆとりの弊害だ!」
「だって」
「わかった、もういい。該博な知識を披露してくれとはいわん。とにかく自分なりに推測してみるんだ」
とまでいわれては、脳をサボらせているわけにもいきませんね。
今、わかる限りにおいての旧人類の科学に至る歴史、それは、
「土地は資源の奪い合い?」
「三十点もやれないぞ」
「異民族間での略奪によって技術進歩が促された?」
「お前の専攻は文化人類学だったと記憶しているんだが、本気でそんなことを考えているのか?」
「知の巨人による一方的で大人気ないちょうちゃくを受け、私のか弱い精神は早くも悲鳴を上げ始めました」
「口に出すな」
「ちょっと待って下さい。今、詰め込んだだけの知識を連結してみますから」
「ヒントだ。生態系などの生物学的側面には踏み込まないでいい。環境に対して影響力の少ない黎明期人類の暮らしも除外していい」
焦っているときに限って、頭の中が真っ白になります。
「ええと、つまり、狩猟採集生活は、血なまぐさくて生きることにぎらぎらしていていつも飢えていた、だから武器が発達した」
「そんなようなことをポップスという昔の有名な政治思想かもいっていたなあ」
「じゃああたりですか?」
「お前の学位、剥奪な」
「今いったのは冗談です」
学会ではそれなりの地位にいた祖父ですから、もしかしたら本気で剥奪する権利を持っているかも知れず、私は大いに焦ります。
「あ、思い出しました。狩猟採集生活は割りと豊かな暮らしぶりだったんですよね」
「そうだ」
ようやくわかったか、という具合で祖父がため息を落とします。
「彼らが生きるために費やす時間は、極僅かだったといわれている。確かに子供を間引くなどの人口を抑制する文化も見られたが、我々が想像するようないつも食物に飢えているような生活ではなかった。人口さえ増やしてしまわなければ、地域から採集できる食料はいくらでもあったのだからな」
「戦争もなかった?」
「あったろう。だがそういった他部族との接触が高度に武具を発達させたわけではない。狩猟採集生活をしながら人類はゆっくりと世界中に広がっていった。そして生活の中で、次第に原始的な農耕技術も発達していったのだ。ここで質問だが、農耕によって人がえられるものとはなんだと思うね?」
「食料です」
「落第だ」
「冗談です」
「本当か?」
「もちろんです。ええと、本当は、農耕によって人は、生活の安定、を得た、ハズ」
「うむ、まあそうだ」
ほっと安堵。
「付け加えるなら、食糧供給の安定によって、養える人口が多くなったということだ」
「人口が増えると労働の分化が起こるんですよね?」
「その通り。王や司祭など、特別な力やカリスマを持ったものが、生きるための労働から解放されるのだ。そうやって誕生した専門職の中に、戦士たちもいたのだ」
「専門職化は技術の進歩を促すはずでしたよね?」
「そうだ。つまり妖精たちが言う進化とは、狩猟採集から農耕に切り替わる際に際し、旧人類がたどった技術の発展のことをさしているのだろう。さて、どうだ孫よ、彼らが狩猟採集ごっこから先に進まないポイントが見えてきたかね?」
「・・・はい。最大の理由は、彼らが生きるために食料を必要としない点にあるんだと思います」
「ようやく六十点といったところか」祖父は揶揄するように笑みをこぼしました。「そう、妖精たちは生命維持についての緊迫感をもたない。だから農耕をする必要がない。よって彼らが必要とする技術というものは、実際のところはほとんどないのだ」
「けれど、お菓子は食べるんですよね」
「彼ら全ての腹を満たすほどの菓子は、地球上にはなかろう。あれは嗜好物と見るべきだ。旧人類にとっての酒のようなものか」
「狩猟採集のほうが野蛮な印象ですけどね」
「それは狩りだからだろう。狩りはいい。雄大でいい」
祖父の指が、食いくいと空中で見えない何かを引き絞りました。
その見えない筒先がこっちを向いているのが、妙に私の不安をあおります。
「ということは、妖精さんたちの原始ごっこは、事実上、狩猟採集生活でゴールしてしまっていることになりますね」
「ごっことしての致命的な欠陥だな、それは」
「では、彼らはそもそもどうやって技術を発展させたんでしょうね?」
「それを調べることができたら、私が個人的にお前にノーベル賞をやってもいい」
「ぱちものじゃないですか」
「目下最大の謎だからな」
「おじいさんの意見はどうです?」
「純粋に楽しみを追求するために発展した、と見るしかないな。彼らの文化で、科学技術が果たしている役割などというものは存在しない」
「うーん。でもあの技術力は、片手間に発達するものなんでしょうかね?どうにも身近で見ると、でたらめ加減に解せないものがあるんですが」
「興味があるならお前が研究してみたらいい。レポートの採点くらいはしてやろう」
「せっかくのチャンスなんですから、ちょっと刺激してみたい気分なんですよね。もしかすると、今回のことで彼らの発展の経緯が再現されるかもですし」
「うまくいくといいがな、そら、これでいいのか?」
祖父は繕いものを終え、白いワンピースを私に差し出します。ほつれた箇所はしっかりと繕われていました。
「ありがとうございます、良い仕上がりです。これ、気に入っていたので」
「裁縫くらい覚えたらどうかね」
「人には得手不得手というものがありましてね」
「得手はなんだ?」
「学問ですかね」
「・・・」
得手、祖父を絶句させること。
とりあえず、表層的なところで仕事に生きることにした私は、昼過ぎになってからお出かけバッグを手に原始村へと足を伸ばすことにしました。すっかりフィールドワーカーです。予定とは大違い。
することのない事務所で泥のように流れる時間に辛抱が効かなくなったというのはあるのですが、異種族と接触することは思ったよりずっと刺激的ですた。
これはこれで、悪くないとは思えてきました。
里から廃墟地帯に入り、かつて幹線道路だった大通りを西に向かって進みます。
左右に不ぞろいの壁としてそそり立つのは、かつてのびる群。
つた草などにくまなく覆われたビルたちは、その内側までも大自然に食い荒らされ、いまや幽鬼の様相でそそり立っています。
森といってもまだ人里の近くにある土地ですから、危険な獣が徘徊していることはありません。危ないのは野犬くらいのものですが、それも定期的な犬狩りによってほとんど姿を見ることはありません。念のため護身グッズは身につけていますが、できたらこれを使うような事態に陥ることだけは避けたいところです。
スケッチしておいた地図を確認します。
いくつかのびる、傾いた信号機、さびた自転車。
そんなものを目印に、我が愛すべき妖精卿への秘められた入り口を見つけ出します。
「確か、このあたりで」
茂みを掻き分けて身を押しやることには少し抵抗がありましたが、五十センチも進むとあっさりと体は向こう側に抜けました。茂みはそこで伐採されて消滅して、まっ平らな草原になってしまっているのです。
神話と伝承の時代から伝統的に人目を避けて作られる、妖精さんの隠れ里です。
この不条理をどういって方法で実現したのかは謎ですが。
「本当に魔法で作られているのかも」
自分の発現に、自分でため息が出ます。
麦わら帽子をかぶりなおし、再び歩き出します。地面の起伏がなく歩みは軽くなりましたが、かわりに日差しを遮るものがなくなっています。時折、水筒に口をつけながら、村を目指します。
と、そのとき。
獰猛な気配が、突如として背後に立ち上がりました。
経験豊富で物怖じしない敏腕アダルト美女を目指すところの私は、冷静にその事実を受け止めながらしかし肉体は腰を抜かしているのであり護身用に持ってきた武器を取り出すこともできずただ肉体と精神を隔てる絶対的な断裂をまざまざと自覚させられもはやこれまでと覚悟を決めようとしながらも若い生への欲求と恐怖は抑えがたいほどに渦巻きいやなんとうか食べられるのはいやですよー。
辛うじて振り返ることはできましたが、同時に腰が抜けてすとんとしゃがみこんでしまいます。その状態で、凶暴な捕食者の姿を眼前に見ることになったのです。
肺腑が一瞬ですくみあがりました。
殺意を整列させたような牙、戦う意思を注入したような四肢の筋、見るものに生理的な恐怖を喚起する生々しいまだら模様の皮膚。立ち上がり頭部を揚げたそのマモノを私は知識だけでなら知っていました。
最大級の肉食恐竜とされる、白亜紀の魔獣ティラノサウルスレックス!
のペーパークラフト(体長百五十センチ)。
「・・・おや?」
尻尾のまでの長さが体長なので、背伸びでもしない限り、高さ自体は六十から七十センチほどしかありません。
「あの・・有人?」
ペーパーザウルスは声帯を持たないようで、牙をむき出しにしてしきりに吼えているようでしたが、無音でした。
不思議なのは、自分で動いていることです。
普通、ペーパークラフトは動きません。
見れば、非常に良くできた工作です。箱を重ねたような構造をしていて、開いた部分もなしにうまく肉体を表現しています。これはかなりのハイグレードモデルでしょう。目は丸くくりぬかれているだけですが、体はちゃんと彩色されていました。
原色で乱雑に塗りたくっただけのようで、なかなかどうしてスッキリしたデザインにまとまっています。絵の達者な人間が手がけたクレヨン彩色という印象。
ペーパーレックスは私の足首にがじがじと噛み付きますが、痛くもかゆくもありません。驚愕より好奇心が勝り、私はじかに触れてみます。
「まあ、まあまあ」
ちゃんと関節も動くように作られています。
ためしに持ち上げてみますと、一抱えするほどのサイズなだけに、紙工作とは思えないずっしりとした重さがあります。でも子供が入っているほどの重量はないようです。
「じゃあ、動力は?」
目の穴から中を覗き込んでみます。
紙音を立ててペーパーザウルスが暴れ出しました。
「あ、輪ゴムだ」
見られまいと必死に身をよじっています。
恥ずかしいのですか。そうですか。
大事な大事なゴムを見られることを恥とする文化を持っているのですか。
ぐいぐいと身を押し付けてきた(たぶん体当たり攻撃)ので「えいやっ」と押し倒してやります。
倒れまたまま、数秒間微動だにしません。
「死んだ・・・?」
むっくりと起き上がり、肩を落として悄然と歩み去っていきました。
落ち込んでしまったんですね。
いったいあれは、なんだったんでしょう?
疑問を胸にしばらく進むと、さらに驚きの光景に出くわしました。
なんとサバンナ中に、様々な生き物が稠密にひしめいていたのです。ただし、全てペーパークラフトではありましたが。
「この展開はいささか予想外でしたね」
疑う余地もなく、妖精さんの仕事でしょう。
見渡す限りの草原と、そこを闊歩する紙工作の恐竜群。
旧人類が昔楽しんでいたという、サファリパークのようなコンセプトなのでしょうか。
ひれが見事な捨て子ザウルスがいます。
つのが立派なとりけらとプスがいます。
頭上を滑空しているのは翼竜でしょうか。
バラエティ豊かな恐竜王国に仕上がっています。
実際のサイズが十メートルくらいのものは、だいたい一メートルほどになっているようです。十分の一スケールということになります。
遠めに見ていると、遠近感が来るってすごく遠くに恐竜たちがいるように錯覚させられます。
ふと掻痒感が生じて目線を落とすと、体長三十センチほどの小型恐竜(みんな小型なんですけどね)が、人のふくらはぎに噛み付いているじゃありませんか。
鶏かと思いきや、ちゃんと恐竜です。
確かデイノニクストか言う種類。実際の彼らは三メートル前後の肉食恐竜で、群をなして自分たちより巨大な恐竜にも襲い掛かっていたそうです。
あと、典型的な羽毛恐竜ですね。短冊状に切れ込みを入れたケープが、それを再現していますね。
「ううん、よくできてます。九十点」
アマガミのようなものとはいえ、いつまでも食べられているわけにも行かず、軽く蹴飛ばしてやると泡を食って逃げていきました。かわいい。
ペーパーザウルスたちを見物しながら、村を目指すことにします。
見ていて気付いたのですが、恐竜同士は互いに攻撃することがなく、これは捕食の必要がないからだと思われます。
飢えることがなければ闘争は必要なくなるということでしょう。
見かける恐竜たちは、どれも妙にリラックスした様子でした。
私に噛み付いてきた一部のものも、きっとじゃれ付いてきただけなのでしょう。
前回は振り回されるばかりの展開でしたが、今回の催しは良いです。
妖精さんたちをねぎらって上げましょう。
何しろ今日は手土産が。
「あら?」
取り落としたお出かけバッグが、あらされていました。
中身を調べてみます。
スケッチブック、あり。
筆記具、あり。
非常食、あり。水筒、あり。
ハンカチ、あり。
なくなっている荷物は一つだけでした。
「な、なぜ?だれが?」
あたりに視線を飛ばしますが、下手人の姿はなく。
「え、ええ?」
十分ほど辺りを探してみましたが、残念ながら盗まれたものは回収できませんでした。
「まさか、妖精さん?」
彼らならあの騒ぎに乗じてすばやく持ち去ることはできるはずですが、そんなことをする種族ではないはずです。
「わからない」
貴重品というわけでもないので、迷宮入りということにしておきましょう。
気を取り直して歩き出し、じきに村に到着しました。
「こんにちは、ごきげんいかがですか?」
「じごくみたいなものです」
「ちくわさん、やつれましたね、一日で」
一人だけの問題ではないようです。
村全体がよどんだ空気に包まれていました。
「いったいこれは?」
住人も落ち込んでいます。
人口もだいぶ減ってしまっているようです。
「せいぞんきょうそうに、まけたです?」
「負けたんですか」
「かほう、うばわれまくりですよ?」
「家宝なんて持ってたんですか?」
「あったんですなこれが」
「とおっしゃいますと?」
「ぼくら、おかし、てばささぬです」
「おやつのことですか?」
妖精さんはうなずきます。
「おやつだいじですな」
「妖精さんはいつもおやつを隠し持っていて、それを、奪われた?」
「いーかーにーもー」
泣き出しました。
「まあまあ」
指先で頭を撫で付けてあげると、立ったまますやすや寝息を立て始めました。
「起きるのです」
「ぐむむー」
指先で頭を押し込んでみたり。
「しんちょう、ちぢむです?」
「話の途中で寝てはいけません」
「ねらないです」
「ねてましたよ」
「うーんー」
中身のない会話が続きます。
「話を進めましょう。それで誰にお菓子を奪われたと?」
「あー、そのけんー。じつはですなー」
ちくわ氏の話もそこまででした。

「ぴーーーーーーーーーーーーっ!?」

広場から悲鳴が聞こえてきました。
「何事です?」
「き、きたですー、あくまーがー」
「悪魔?」
無数の天幕をまたぐようにやってきたのは、
「あ、ギガノトサウルすですか」
かのティラノサウルスレックスより一回り大きな体躯を持つとされる獣脚類最大の恐竜ではないですか。
「おくわしいのです?」
「決して、自分より大きな動物のことを調べて安心したいわけではないのですよ」
「はー」
ペーパーギガノトサウルスは、全長だけならざっと二百センチはありそうでした。まさにメガロ。
単純な高さにしてみても、八十から九十センチはありそうです。
紙工作とは言え、このサイズだと脅威を感じます。
十センチ足らずの妖精さんからしてみれば、まさに悪魔でしょう。
村に遠慮なく踏み込んできたギガノト氏は、逃げ遅れた妖精さんの一人に目ざとく襲い掛かりました。
「はーん!?」
犠牲者さんは咄嗟に丸まりました。妖精さん式防御術。
おそらくだんご虫の生態からパクっています。
妖精さんボールにギガノト氏は容赦なく牙を立てます。
しかし流石は、防御の形。
そう簡単には牙も立ちません。
するとギガノト氏は獲物を口にくわえて頭上に放り投げ、またそれを口でキャッチしてと、完全に弄ぶ構え。
ばかりか、様々なボールテクニックまで披露するではありませんか。
「あ、ヘディング」
「うまいなー」
ギガノト氏、玉の扱いにかけては一日の長があるご様子。
「おお、ドリブル」
「どりー」
足技もなかなか。
「尻尾で捕球することはなんていうんでしょう?」
「やったことないのでー」
そりゃそうでしょうとも。
犠牲者さんもついにねを上げ、防御モードを解除してしまいました。
こうなればもう、助かるすべはありません。
逃げようとしますが、ずっと揺さぶられて三半規管がダメージを受けているのか、ユーターンしてギガント氏のスネに激突してしまいます。カートゥーン並みのジエンドっぷりでした。
いただきます。ギガノト氏は妖精さんの頭にかじりつき、もしゃもしゃと租借を開始します。これはむごい。
「弱肉強食が世の定めとは申しますが、えぐいですよねー」
「ねむがえぐられますー」
やがて、ぺっ、と犠牲者さんは天幕にはき捨てられました。
「やはり消化はしませんですか」
ギガノト氏、目当てのものだけを口内で器用に奪い取ったようです。
誇示するように翳す巨大なあごの間で、小さく輝くそれは、銀紙で包まれたキャラメルでした。
「あれは国連が配給してるひとつぶ三百メートル世界キャラメルじゃないですか」
子供の頃、好きでしたね。
銀紙でわからないけれど、いろいろな味があって。
「らすときゃらめるとられたです」
戦利品を飲み込むと、ギガノト氏は満足げな足取りで村を出て行きました。
危機は去りました。
逃げたり隠れたりしていた妖精さんたちが、放心した顔でぽつぽつと広場に戻ってきます。
この襲撃によって、またもや村の人口は激減してしまったようです。
今の、この村の楽しい度は限りなく低く。
「なるほど、あの恐竜さんたちはお菓子を主食としているんですね」
「むらのおかし、なくなた」
これが落胆の原因であったようです。
「ちくわさん、ご質問だったのですが」
「はいよ」
「あれ作ったのあなたたちでしょう?」
「そーね」
「自分たちで生み出したものに絶滅に追い込まれてどうするんですか」
「あーそれー、いうとおもったわー」
「嘘おっしゃい」
軽口をたたいている最中に、私は気付きました。
バッグの中身を盗み出した犯人。
でいのにくすは、確か集団で狩りをするのです。
彼らは恐竜としてはかなり知能が高いといわれています。
一頭をおとりにすることで仕事を成功させる、くらいには。
「なるほど、だから襲われたんですね。」
「え?」
「実は今日も差し入れを作ってきたんですよ。お菓子を。それを来る途中、あなたたちの被造物に強奪されたんです」
「まじです?」
「マジデすよ」
「それは、わらいばなしではすまないです?」
「わたしは別にいいんですけよね、お菓子くらいちょっと取られても」
ちくわ氏は信じられないと言わんばかりに、私を凝視しました。
「じゃあ、いまおかしは・・・」
「今頃、恐竜さんたちのおなかの中でしょう」
「がーんがーんがーん」
「あんなものを作るからですよ」
「このままではぼくらほろびるですー、おたのしみにうえてほろびるですー」
「自業自得じゃないですか。しかも輪ゴム動力に滅ぼされるんですよ?」
「わごむすきなんですなー」
まるで危機感がありません。

「きゃぷー!」

私たちの会話を周囲で聴いていた妖精さんたちの中から、一人が叫びながらすっくと立ち上がりました。
その妖精さんは、尖頭器と呼ばれるタイプの石器を取り付けた原始的な槍と、バッファローノ頭蓋骨で作ったかぶとを身につけていました。ちなみに石器も頭蓋骨も紙製(語義矛盾)。
「あなたは、きゃっぷさんじゃないですか」
「はい、ぼくのぺんねーむです」
ペンネームだったんだ。
「お久しぶりです。あなたもだいぶ日焼けされましたね」
「こまったものですよ?」
「それで、どうされましたか?」
氏はずずいと前に出て、落胆している仲間たちに向かってこう叫びました。
「しゅりょーだー!」
民はいっせいに顔を上げます。
「しゅりょー?」「かり?」「してみるとぼくら、しゅりょーさいしゅーみん?」「いきてるってすてきです?」「いきるためにかるです」
狩猟。
冷え込み、砂糖の甘みがうせて久しい原始村で、その一言は民の心を揺さぶりました。
ああ、ついに妖精さんたちの文化史に、闘争が植え付けられるときが来てしまったのでしょうか。
もしそうなら、私は事実を受け入れねばならないでしょう。
事実そのものは隠蔽したほうが私のみのためですが。
「これをみるー」獲物を掲げます。「やりー」

「おー」

民衆は鼓舞されます。
「やりでー」きゃっぷ氏は勇ましく槍を振り回して「たー!たやー!」鋭く連続つきの妙技を披露し「いやあーとー」最後は頭上で回転させながら天高く飛翔して「てんくーーーっ」頭から地面に突き刺さりました。
「・・・・」(安らかに気絶)
一瞬だけ、場は静まり返りますが・・・、
「ぴー!」「いのちとまったー!」「いちだいじだー」「すいっちきれたー」「そのなまなましさはないわー」
大騒ぎに。
「しぬかとおもたですが」
頭を押さえながらきゃっぷ氏が身を起こします。
「途中までは良かったんですけどね」
「おおっ」
気を良くしたきゃっぷ氏、再度槍を手に村人たちの前に進み出ます。
「じぶんを、たおした!」

「おーーー」

ああ、その誤魔化しはアリなんですね、この種族は。
「やりで?」「おかしを?」「とりもどす?」「できる?」「できねば」「あるいは」「つつくをやりで?とりもどすです?」「これこそ、おかしかくめいでは?」「やりをたくさんつくるべしなのでは?」「そーだそーだ」「じゃ、おりがむ?」「おりがむべき」「おりがむには」
人々のささやきは一つの結論へと束ねられていき、

「おりがみだー!」

だーっと大きな天幕に向かって走っていきました。
「あそこ、かいこうさくどうぐあるです」とちくわ氏。
「あなたは行かないので?」
「ほろびうけいれるのもたまにはいいです」
被虐的ー。
「どえむさんですね、あなたは」
つん、と指で突いちゃいます。
「あー、もっとー、もっと!ーてあそぶですー」
このこ好きです、私。
面白そうなので、引き続き調査を続行したいと思います。
狩りに際しては、まず儀式が執り行われました。
祭壇と火柱を取り囲んで、大勢の妖精さんが祈祷に没頭しています。
呪術師の格好をしたきゃっぷ氏が、中央で踊り狂っています。
全員トランス状態です。とても楽しそうです。
いまや全員が紙槍を手にしています。
竹ひごにロール状に紙を巻きつけた、パラソルチョコみたいな槍を。
村をあげて、大難に立ち向かおうというのですから立派なものです。
「蹴散らされて村滅亡にゼリービンーんず三十個」
私は無慈悲に予言しました。
彼らに聞こえないよう、小さく。
やがて儀式が終わると、きゃっぷ氏は私に宣言しました。
「にんげんさん、ではいってくるです」
「私も見に行きますよ」
「あらまー」
ここまで来たら、結末を見届けないと。
「じゃーしゅっぱつだー」「おー」
原始村恐竜討伐隊は、手に手に槍を掲げ、ぞろぞろだらだら村を出発しました。
私も後ろをゆっくりとついていくことにします。
ペーパークラフトはサバンナのあちらこちらに生息しています。
討伐隊はすぐに、最初の獲物と遭遇することになりました。
「いたぞー」「あれかー」「おおきいです」「つよそうでは?」
強そうに見えるのもむべなるかな。
装甲のような皮膚に覆われた背中と、尾の先端に鈍器のような骨こぶを持つアンキロサウルすは、白亜紀の戦車と呼ばれています。
ペーパークラフト版のアンキロサウルスの全長は八十センチほど。
四肢をペたっと地面につけ、じっとうずくまっています。
「どうする?」「どうやれば」「やる?」「やるです?」「やらねば」「やるならやらねば」「やるです」「ぼく、やるです」「やろうやろう」
討伐隊はこの難敵を最初の獲物と決めたようです。
のっけから強烈な相手に挑むものです。
戦車とは呼ばれますが、アンキロサウルスは草食恐竜でした。だから装甲も尻尾も、あくまで身を守るためのものだといわれています。実際、骨のかまたりの様な尻尾で打ち据えられれば、ティラノサウルスといえども骨折は免れなかったでしょう。
しかし発見された化石からは、また別の解釈も出てきており、更なる研究が待たれたのですが、人類も息切れし始めたことで真相は闇の中に放置されたままなのです。

「えいえいおー!」

鈍重な体を重武装で守った強敵に、討伐対は勇ましく飛び掛っていきました。
たくさんの妖精さんが、槍を背中に突き立てていきますが、分厚い装甲に阻まれてはが通りません。
とたんに、あんきろ氏は上体を跳ね上げます。
長い尻尾が、ぴんと後方に伸びました。
後ろ二足で立ち上がり、前足をこころもち浮かした前屈姿勢。
尻尾でバランスをとりながら、鈍そうな外見からは想像もつかないような速度でダッシュしていきました。
「その説を採用してるモデルだったんですね・・・」
アンキロサウルスのしっぽを、武器ではなく歩くためのおもりとする説もあったそうなのです。
背中に槍を突き立てていた何人かもろとも、あんきろ氏は去っていきました。
残された妖精さんたちは、
「・・・にげた?」「にげにげ」「かった?」「かったの?」「そうみたい」「じゃあ、かちだ」「かったー」「しょーりー」
いや、倒すのが目的だったはずなのでは・・・?
「このちょーしでどんどんいくです」
し気は向上したようなので、結果オーライですかね。
またしばらく進むと、次なるターゲットと遭遇しました。
精悍な恐竜でした。
ほっそりとした輪郭に獰猛な破壊力を秘めたアゴ、凶暴な鉤爪を備えた両脚が目立ちます。鮮やかな青の羽毛で覆われたシルエットは、爬虫類よりも鳥類をより強くイメージさせます。
間違いなく、すばやく冷酷なハンターだとわかります。
その体長はゆうに、十五センチはありそうでした。
「ちいさ」
ウェロキラプトル。
小型の肉食恐竜です。
しかも体長十五センチというのぽ尻尾までの長さです。
背丈でいえば妖精さんより低いのです。
人間と大型犬くらいの比です。
「やつは、ちいさいです」「ちびです」「かてる?「かてそうな」「らくしょうなのでは?」「しかも、いっぴき」「かみさまがかてといってるです?」
楽勝ムードも止むなしといったところですか。
あんのじょう、彼らは槍を前方にそろえて突き出します。戦う気です。
「とつげきー」
棒立ちのラプとる氏に、きゃっぷ氏の一番槍があっさり突き刺さります。
でも、ぼんやりとしたままのラプトル氏。死んでいません。
「あらー?」
困惑するきゃっぷ氏に、アドバイスを投げかけます。
「ゴムを切るんですよー」
「あーそれなー」
ぷすぷすと幾度か刺すうち、穂先がゴムを断ったようです。
かささと断末魔の物音を立て、ラプトル氏はへたってしまいます。
「わー、かれたー」「かれたかれたー」「ぼくら、かれたです」「きっすいはんたー、なのではー?」
いいえ、あなたたちはほのぼの遺伝子を持つコミカル生命体です。
とはいえ、勝利は勝利です。
意外と頑張れてしまうのかも、と思いかけました、左手のくぼ地からやってきたものを見て取り消しました。
その光景を迫力ある筆致で描写することは可能です。
しかしここはあえて、事実をごくシンプルに記述してみましょう。
くぼ地から現れたもの。
それは、

ウェロキラプトル掛ける百六十七

でした(ちゃんと数えました)。

「ぴぎーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

討伐隊が恐怖に支配されます。
ラプトルはいじめっ子オーラを放つ、実に柄の悪そうな集団です。
ああ、これはもうだめでしょう。
「みんなー、たたかうー!」
きゃっぷ氏の号令にみな、戸惑いながらも武器を構えます。
対して、ラプトル団もいっせいに威嚇を開始します。
こちらに向けて大きく開かれた口は、縁取るように牙がびっしりと生え揃っていました。
「・・・」
きゃっぷ氏の手から、槍が滑り落ちます。
戦意を失った妖精さんたちに、不良恐竜団が襲い掛かりました。
「いーやー!」「のー!」「へるぷみー」「あーいやー」「はーんっ!」「おやつかんかくでたべられるー!?」
食べませんって。
そもそもペーパーザウルスはあなたたちが生み出したのでしょうに。
お菓子を持っていなくとも、ラプトルさんは獲物を執拗に弄びます。
妖精さんは四十人足らずしかいなかったので、数の上では太刀打ちはできません。押し倒され踏みつけにされ引っ張りまわされてと、フルコースでいじめられます。
「あー、かみさまーーーーーんっ!」
「世話の焼ける人たち」
出来るだけ内政干渉はしたくないのですが、ほっとくと原始時代ごっこが終わってしまいそうなので、少しだけ手助けすることにしましょう。
私が取り出したのは、護身用に持ち歩いている道具。
これならペーパーザウルスにも効果があるはずです。
まずは火打石で導線に着荷します。
「いきますよー」
騒乱の真っ只中に向かって投擲された道具は、数秒後、猛烈な音ともに炸裂し始めました。
爆竹です。
十秒近く火薬ははぜ続け、全て尽きたところ、草原は無数の丸まった妖精さんと気絶したヴェロキラプトルで埋めつくされました。
「一人がちです」
うふふ。


妖精さんたちが目を覚まし始めました。
例によって、なぜ気を失ったのか記憶していないようで。
全滅した恐竜を見て、私がやっつけたのだと説明すると、疑うこともなくそれを信じました。
尊敬のまなざしを一身に集めてしまいます。
「やっぱし、にんげんさんは、かみさまです?」
「神様は困りますよ」
「これをー」
きゃっぷ氏が、自分で被っていた折り紙かぶとを、恭しく差し出してきます。
小さくて被れませんけど。
「ありがとう、でもあなたのトレードマークがなくなってしまいますね」
「ぼくら、あいでんててー、さほどじゅうしせぬです」
「したほうがいいですよ」
「かわりの、つくるです?」
と、積み上げられたラプトルの骸?を指差します。
なるほど。狩った獲物の頭蓋骨を装飾品として身につけるのですか。
類感魔術とか模倣魔術とか、そういった呪術的な概念がいよいよ発達してきたわけですね。
妖精さんが黒くなっていきます。
「みなのものー、かかれー」
ちくわ氏は狩った獲物の解体を指揮しています。
「ちくわさん、解体というのは、どうするんですか?」
「こんなです?」
妖精さんたちがいっせいにラプトルに取り付き、糊付けされた部分を石器ではがしていきます。ただの紙と輪ゴムの状態に戻してしまう作戦のようです。
みるみるうちにペーパークラフトは解体されていきます。
驚くべきことに、それはたった一枚の紙と輪ゴムだけで作られていました。
開かれた体内には、縦横無尽に輪ゴムが張り巡らされていて、まるで筋繊維のように束ねられていました。これが四肢を動かし、精密な動作を実現していたのです。ゴム動力も緻密に作ると長時間の自立運動ができるものなんですね。
「こっちからですー」「こっちもー」「からでーす」「はずれー」「こっち、はずれだ」「はずれですが、いいはずれでした」「なかなかの、はずれでした」「はずれははずれで、よしです」「あー、はずれだなー」「やっぱ、はずれます」「あえて、はずしました」「はずればっかりやがなー」
解体する妖精さんたちの会話に、はずれ、という単語が飛び交っています。
はずれがあるなら、当りもあるということになりますが、はて?
「あったー!」
見守っていると、やがて一人がそう叫び、ペーパークラフトの体内に収まっていたあるものを取り出しました。集まる妖精さんに混ざって、私も覗き込んで見ます。
「あ、これは・・・!」
銀紙に包まれたその立方体は、世界キャラメルでした。
世界キャラメル。それは国連が各地の子供たちに優先的に配布するために作っている、定番の応援食の事です。子供に等分を摂取させることが目的なので、地元で申請さえしておけば配給札がなくても、キャラバンが来るたびに受け取ることができます。
世界キャラメルの最大の特徴、それは大きさです。
なんと一辺が三センチもあるのです。
国連の本気がうかがい知れます。
しかし定番おやつであるがゆえ、飽きられやすいお菓子でもあります。そうしてあぶれたキャラメルが、どういう経緯かはともかくペーパークラフトに食べられてしまった、と。
「やつら、おかしうばってからだにかくすです」ときゃっぷ氏。
「食べてるわけじゃなかったんですね。隠すだけなんですか?」
「はい、いつかどこかでだれかがとられます」
発見者の妖精さんは、キャラメルを頭上に掲げながら、スキップをしていきます。
「はずれー」「はずしたです」「うーう、はずれだなー」「あたりだー」
またべつのあたり。
「だめだーたー」「からっぽです」「む、です」「はずされましたー」「あー、あったー」「こっちもあめさんげとです」
あたりのラプトルは、ぽつぽつといたようです。
回収されたお菓子はこんもりと積み上げられていきました。
キャラメル、飴玉、鈴カステラ、もなか、プチドーナツ、ふ菓子。
「たいりょうだー」「たしかなまんぞく」「どはくりょくでは?」「かりってすてきかも」「かりですませる、かりすまになるです」
妖精さんたちもご満悦。
「あとのこりはー?」
「これ、さいごー」
解体も最後一頭を残すのみとなりました。
「それじゃー、みんなはからばこ、たたむです」ときゃっぷ氏。
「おー」
解体したラプトルを、折り線に沿ってたたんでいきます。
小型恐竜を象っていた複雑怪奇な紙パーツ群は、折りたたみ方を変えただけで、紙箱となりました。驚き桃の木、タバコの箱サイズ。
「ごむとかはー?」「はこのなかにいれてー」「そのうえにー」「おかしいれてー」「できあがるー」「いえー」
デザイン時から考慮してあったのか、外箱は商品パッケージ風になっていました。
上部に誇示するような文字がこう

「よいこアニマルおやつ(ペーパークラフト一ヶ入り)第三期・恐竜編」

「ごめんなさい、それはうそ臭いです」
「ほい?」
「何で箱の形になってるんですか、あの複雑な代物があっさりと」
でたらめにもほどがあります。
「さー?」
「いったい何のための販売パッケージ形態なんですか!」
商品流通は崩壊しています。
「あ、あの、でもでも、ほんとはかみこーさくがめいんなのに、おやつってひょーしきないと、こんびにおけないです」
「こんびにって何です?」
「なんでしたかね?」
「知らないんですってば」
頭痛がしてきました。
「しかしこれはこれで、流通が生きていたらすごく売れそうなアイテムですね」
「でそでそー」(誇らしげ)
「外箱をキットの一部にすることで、パーツ数を稼ぐって意味もあるんですね。グッドデザイン賞狙いですか。えげつないですねー」
「おこられてる?」
「ある意味、感心しているんです」
「うほほー」
気がつくと、全ラプトルがすでにパッケージ形態に戻されていました。
ただ一つ問題があるようです。
「りーだーりーだー、はこにいれるおかしたりぬです」「しかたなーい」「でもきになるです?」「おかしいっぱいげとしたいです」
で、気付いたのですが。
「あなたたち、これだけすごい技術を持っているのに、お菓子作れないんですか?」
ぴた、と全ての妖精さんたちの動きが止まりました。
「な、なんです・・・?」
ちくわ氏が泣きそうな顔で答えました。
「ぼくら、さいのーなしです」
「才能?」
「なんか、うまくつくれぬですよ」「おまずいです」「つくりたいきもち、あるです」「けど、しっぱいばかりするです」「なんでだろうね?」「さー」「おかしのりねんがわからん」
変な種族です。
「おかしは、にんげんさんにかぎるです」
「貰ったお菓子を家宝にして大事に隠し持つわけですね」
貴重品なのです。
「ちなみに第一期と第二期はいつ出てたんですか?」
「でてないです」
「いきなり第三期スタート?」
「ではなくー」「うーん」「どーせつめーしたらよい?」「さいしょって、どんなだた?」「さー?」「わすれたなー、それー」「ぼく、おぼろげになら」「いってみー」「たしかー、さいしょはー、せかいじゅのねもとでごろごろこしててー、そんでー」
その妖精さんは、とんでもない言葉を口にします。
「こーごーせーせーげんかくせーぶつ、つくたんだた」
「はい?」
光合成性原核生物・・・と聞こえたような?
「おりがみでつくれるかなーておもて、つくたら、できたです」
普通はできないはずなんですが。
でもできるのかも。妖精さんだし。
にわかに混乱してきました。
「でー、さんそはすでにいぱいあるのでー、べつにしんかまつことないなーとかんがえよったわ」「うん、そんなだ」「たしか、しんか、すぴーだっぷさせたね」「とちゅーで」「させたさせた」「しんかくせーぶつ、から、たさいぼーせーぶつ」「こーちょー、かいめん、かんけー」「そのあたりで、あとはおまかせもーど」「よくおぼえてたねー」「ふつーわすれる」「いつだけ?」「なんにちもまえだー」「へたしたらぼくらうまれてないわ」「それわすれるなー」「とゆかー、にんげんさんことば、うまくつたえにくーい」「じょーほーこめにくいよねー」「でもすてきやん?」「すてきだ、すてき」「きてき、びふてき、しゃてきにきてき」「こーちょー、かいめん、かんけー・・・?」

腔腸動物・海面動物・環形動物。

多細胞生物の初期ラインナップとして、かなり適した並びであるように思われます。
え、つまり、紙工作擬似生命体で進化を再現したと・・・?
「そのあとは、すぐな」「はやいよー、すぐだよー」「おもしろたいけんでしたな」
進化ってそんな簡単に再現できるのかな、折り紙で。
深く考えることはやめました。
「あーーーーーーっ!?」
そのとき最後のラプトルを解体していた妖精さんが、悲鳴を上げました。
「なにごとー?」「じけんかー?」「なんだなんだ」「やじやじうまうま」
「これ、みよーーーーっ!!」
妖精さんが天高く掲げていたもの。
それは、
「あ、金キャラです。すごい」
世界キャラメルにごくまれに封入される、アタリのキャラメル。
それが金のキャラメル。
ああ、包み紙が神々しいほどに金色に輝いています。眩しい。

「おおおおおっ!」」

妖精さんたちは色めき立ちます。
「この包み紙を国連に送ると、お菓子の缶詰が送られてきますよ。こーんなでっかいのが」

「はああぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

妖精さんたちはもだえ始めます。
「私もはじめて見ますねー。金のキャラメル」
ちなみに送る包み紙が銀紙でも、五枚まとめて送ればお菓子の缶詰はもらえます。
ただし金とは違い抽選になってしまいますが。
どっちみち、届くのは数ヵ月後でしょうけど・・・。
でもこういうのは、待ってる間が楽しいものですからね。
野暮はやめておきます。
「送っておいてあげましょうか?それ」
「おねがいします」
包み紙を受け取ります。
どんな缶詰なんでしょうね。ちょっと興味ありです。
「みんなー、このちょーしだー!」
きゃっぷ氏、大奮起。
「おーし」「やるぞー」「きあいだー」「しゅりょーだー」
こうして妖精社会に、狩猟文化の神話的ジンクスが形成されたのです。


お菓子を集める性質を持つペーパーザウルスは、貴重な食料源です。
これを狩らない手はないと、彼らも気づいてしまったのです。
村人は石器を手に、ハンティングに明け暮れるようになりました。
次々と新しい石器が考案され、より効率の良い狩猟術が編み出されました。
狩りに出ないものも、野いちごやグミの実など天然のおやつを集めるようになり、甘味の供給量が激増しました。
そうです。
妖精さんはいまや立派に狩猟採集民です。
過疎化が進んでいた村も、再び劇的な人口増加が見られるようになりました。
金のキャラメルは神話化しました。
包み紙を送付する関係で、そのままとっておくことはできませんでしたが、妖精さんたちは像を彫ってこれを崇拝しました。
勇者が金のキャラメルを掲げている象です。
信仰は集落の帰属意識を高めます。
村はますます発展し、やがては都市化も確実だろうと思われました。
「しゅりょーたい、しゅっぱーつ」
妖精さんは様々な強敵を打ち倒していきました。
そして数多くのお菓子を、ゲットしていくのです。

ステゴザウスル(草食)
「ましゅまろ、にゅーしゅー!」

アロサウルス
「あろえきゃんでいー!」

イグアノドン
「てづくりぽてとちっぷー!」

エバンテリアス
「かりんとうー!」

まさに快進撃でした。
ついには、恐竜界の獰猛なるプリンスともあいまみえることになりました。
「いまだー、かかれー!」
「おー」
落とし穴に足を取られたティラノサウルスレックスに、大勢で槍を投げつけます。
獲物が弱るまで、ずっと続けられます。
罠と投擲による狩りの成功率は、大勢で飛び掛るより飛躍的に高くなります。
強力な捕食者であるTレックスも、これにはたまりません。
あえぐように震えると、身を横たえ、二度と起き上がることはありませんでした。
残酷な、でもこれこそが、大自然のおきてというものです。紙ですが。
きゃっぷ氏が巨体に飛びつき、いけにえの心臓を取り出す手つきで、体内に秘められていたものを引っ張り出しました。たいそう重そうなそれは、
「え・・・これ・・おおき・・?」
出ました。
現れ出ました。
板チョコです。
無論のこと、ただの板チョコではないのです。
異常な板チョコなのです。
日本漢字で、貯古齢糖と表記するのがふさわしいと思えるほど、強烈な第一印象を発散しています。しかし、そんな字が書かれたTシャツを人は自然体の笑顔で着用することができるでしょうか?とても無理でしょう。つまりはそういうことなのです。
私も軽く混乱させられています。
本記録における登場人物説明よりもあからさまに多くの行数で、このチョコレートについて描写してみましょう。
まず巨大です。
一般的な板チョコなるものは、物質文明の終焉とともに市場から消えました。
しかし古いお菓子作りの本などで、写真を見ることはできます。
あれがだいたい七十から百二十グラムほどでしょうか。
対してこの血汚冷屠(のりで字は変わります)、重さ実に五百グラム。
殴っても簡単には割れない、装甲板みたいな代物です。
いっそ装甲チョコとでも命名すればいいのに、茶の包み紙にある白い抜き字は「CHOCOLATE」と素っ気無いものです。
裏を返せば、そこにはおなじみ国連マーク。
国連主導で生産されているのですね。
エネルギーたっぷりで消化しやすいこのお菓子は、いざという時にけっこう人の命を救うみたいです。
つまり支援物資用なんです。
装甲板のようなチョコは、飢餓という見えない銃弾から人を守っているわけです。
今わたしはかなりよいことを言ったわけですけれども。
まあそのようなものですから、食糧事情が悪化している地域に優先的にまわされるもので、生活水準安定地域ではなかなか手に入りません。
余ったものだけがたまに配給札で交換できます。
一枚板ではなく割って小分けにしたばら売りで。寂しいことです。
大作りで分厚く、手にしただけで喜びがこみ上げてくるような、実に子供殺しのアイテムなだけに。板バージョン。はっきりいってレアのものです。
彼らもはじめてみるのでしょう。
妖精さんたちは開いた口を閉じることを忘れていました。
「ばかなー」「ありえない」「ほーりーしっと」「ゆめかー?」「わなかー?」「まぼろしかー?」「まぼろされたかー?」「あるいは、まぼろすか?」「おおきすぎると、とまどうです」「ばけものなのでは?」「れーせーにかんがえるとこうふんするです」「れーせーといえば、ひとことでいうとこれって」「これって・・・」「これって・・・」
妖精さんたちの戸惑いは波紋となって広がり、そしていっせいに歓喜の爆発を引き起こしました。

「でかちょこだーーーーーーーーっ!!」

熱狂の時代を決定付ける、象徴的な光景でした。



持ち帰られたでかチョコは、たちまち村中の噂になりました。
妖精さんが八人がかりで運んで来た怪物的菓子を前にして、民衆の期待はいやがうえにも高まります。
保存など考えられない。そんな心の余裕はない。食べるしかないのです。
唯一、気にする部分があるとするなら、どう食べるかの一点に尽きるでしょう。
例によって、妖精さん会議が始ります。
「わる?」「わるの?」「わるです?」「みんなにいきわたる」「このまま、ずっとみていたかも・・・」「うー、たべたーい」「しょーみ、どうしていいかわからんわ」「むね、くるしいのです」「なんぎだなー」
なかなか決まりません。
「にんげんさん、いいたべかた、ありませぬか?」
ちくわ氏が振ってきました。
「このまま勝ち割って食べるのも一興でしょうけど、そうですね・・・これだけまとまった量があるといろいろな種類のチョコ菓子が作れるかもしれません」
「はー」ちくわ氏は体育座りでしばし考え込みます。「たくさんのしゅるい・・・って」
とんでもないことに気付いたような顔で私を見上げると、
「おかし、ふえるんじゃ?」
「確かに種類は増えるんですけどね。ああ、でも良く考えると、アーモンドとか他の材料も使いますから、なんだかんだいって確実に増量ですね」
「それ、まほう?」「でかちょこ、ふえたら、しあわせですよ?」「けどなー、ぎじゅつてきにはふかのう」「きせきです?」「きせきはおこすものです?」「じゃーおきるね」「じぶんが、おさえられぬです」「かちわってたべるのもいいです」「いろんなおかし、いーなー」「とーしだ、とーし」「にんげんさん、にんげんさん」
「なんでしょう?」
「はいー」


みんなして、板チョコを私に差し出してきました。
「はいはい、作ればいいんですね?」
というわけで、一時帰宅の途。
お菓子作りにはそれなりに時間がかかるのものです。
ぐずぐずしていたら、あっという間に日が暮れます。
一日をまたいでしまえば、原始時代が過ぎ去ってしまうこともありえます。
何とか今日のうちに戻りたいところ。
「十一時半ですか」
急げば何とか、といったところ。
自然、足も速まるのですが。
「おや?」
途中、奇妙なものを発見してしまいました。
ガサゴソと茂みをうごめくそれを、茂みを掻き分けて確かめてみますと。
「くけ」


なんかいました。
鳥っぽいのが。
五センチくらいのサイズ。
「うーん、このサイズでこのディティールなら、九十五点」
よくできていました。
鳥か問われると、少し悩みます。半分くらい恐竜ぽいのです。
でもまっすぐな羽とピンと後方に伸ばされた尾が特徴で、キシカンがあります。
「くけ?」
しかも声が出ます。フルボイス仕様です。
ペーパーザウルスにはなかった機能ですね、これは。
「ということは、新作?」
設計担当の妖精さんが、どこかでせっせと開発しているのだと思われます。
「くけ、け」
そういい残し?。怪鳥氏は茂みの中に賭けて行ってしまいました。
飛ぶ能力はそんなに高くないのかも。
五センチということは、実際は五十センチくらいのサイズがあった古生物、ということになります。
翼竜の末裔なのかもしれません。
どこかひっかかるものがあるんですが、上手く言語化できませんでした。
「いけない、時間」
お菓子を作らなくてはいけないのでした。
私はあわてて、自宅への童貞を急ぎます。


チョコクランチバー、蒸しチョコケーキ、チョコビッツ、ローストアーモンドのチョコ絡め、チョコドーナツ・・・エトセトラ。
結局、ラインナップの充実には丸一日要しました。
できた品々を詰めると、バスケットは満杯になりました。
持ち上げると、ちょっとした重量物です。
翌日、その重いバスケットを手に、村に向かいました。
一日という時間は、妖精さんたちにとってのひと月にも一年にもなりうる期間です。
生きる速度が違うせいでしょうか。
翌日には集落が崩壊していた、というのは全く不思議なことではないのです。
彼らにとっては、退屈な一日は耐えがたい空白です。
だから、今日も村に行ってみたら、文明がいくところまで進んで崩壊している・・・といった可能性もあります。仕事はエレガントにこなしたいところですが、目が離せません。
どうか解散していませんように。
願いながら歩いていると、草原の切れ目に動くものがありました。
「また新作」
二十センチほどの鳥でした。ダチョウが筋肉をつけていかつくなったような姿です。
巨大なくちばしに、どこで入手したものか、チョコバーをくわえていました。サイズから推測するに業務用ではなく配給品だと思われます。
メニューは地域によって異なるので、おそらく隣接エリアで配られたものを妖精さんが入手し、それが奪われた結果ここにあるのでしょう。
そっけない包装紙で覆われています。
スケールで考えると、実物は体長二メートル前後でしょうか。
ダチョウではないようです。
どの道、古い時代を生きた生物のモデルなのでしょう。
くちばしで放り投げる仕草でチョコバーを飲み込むと、悠然と歩み去っていきます。ゴム動力とは思えぬ、堂々たる王者の風格です。
「そんな無防備だと恐竜さんに襲われてしまいますよー」
「げらうぇい」
しゃっくりのような変な鳴き声でした。
あっちいけと言われた様な気分になります。
「げら、げらっ、うぇいっ」
つぶやきながら草の海に消えていきました。
「自分であっち行ってるじゃないですか」
さすがは不条理生命体。
しかしこの間の小鳥といい、鳥類が増えてきているのはなぜなんでしょう?
「って、ああそう、なるほど、第四期なんですかね」
つまり、

「よいこアニマルおやつ(ペーパークラフト一ヶ入り)第四期・鳥類編」

ということなのではないかと。
獣を生み出す妖精もいれば、それを駆り立てる妖精さんもおり。
いやはや、因果なものです。
しかし今日は、新作が出た反動なのか、ペーパーザウルスの姿が一向に見られません。
お菓子を所持していますから、万が一にも奪われたら困るので良いのですけど。
穏やかな日です。
「こんにちは」
「あー、にんげんさんー、きたるー」
幸い、村はまだ存在していました。
すぐ足下にたくさんの妖精さんが集まって着てきます。
「お元気そうですね」
「おげんくです」「むだにげんきです?」「いきいきいきてますが」「ちりあくたみたいなぼくらです」「なぜかいきてます」「ふしぎだー」「いきてるってふしぎです」「じつは、いきてないのかもです」「せかいはもしかするとじぶんひとりのまぼろしかもです」「きのうあたりからいきてるです」「そういえば、いきてます」
「あはは・・・」
いろいろな価値観があるようです。
あまり触れたくない意見も多々ありましたが・・・。
「まあ、元気そうで良かったです。ところで」バスケットを前において、「これ、なにかわかります?」
「なんだろう?」「なにです?」「ばすけっとでは?」「まー、ばすけっとですな」「じつはばすけっとではない?」
「バスケットであってますよ。中身は何だと思いますか?」
「くいずかー」「しけんかも」「わからんですなー」「なんもんなのでは?」
「・・・難問かなあ」
昨日あなたたちから依頼されたんですけどね。
「いいにおいするです」「たまらないかんじ」「かきたてられます」「あけてい?」
「いいですよ」
妖精さんたちがバスケットを開けました。
「おわー」「ちょこれーとだー」「たくさんあるなー」「あまくせつないよかん」「みたことないのいっぱいなのですが」「たべてはいけぬのでしょうか?」
「どうぞ。ご依頼のしなですよ」
「いいのですか」
妖精さんたちは意外そうな顔をしていました。
チョコレートの宴が始りました。
すぐに村中の妖精さんが「なんだなんだ」と集まってきます。
「うわー」「ちょこだー」「たくさんあるです」「もらっていーい?」
たちまち広場は、妖精さんで埋まりました。
もう私のことを怯えている妖精さんはいないようです。
はからずも餌付け大成功ですね。
「しかし、人口が増えたのに、村の文化レベルは変わりないんですね」
「そうですかい?」
「村がまだ残っているのはいいとしても、逆に進化が停滞している気がするんですよね」
前は一瞬で行き着くところまで言ったので、少し拍子抜けかもです。
これはこれでどうなんでしょうか?
安定してくれるぶんには、記録も付けやすくなりますし、楽は楽なんですが。
この有様は、妖精さんらしいのでしょうか?
私の仕事は、仕事として成立しているのでしょうか?
判断の難しいところです。
「ところで妖精さんがた」
「あい?」「なんです?」「ごしつもんですか?」「こたえ、こたえるです」
「第四期のシリーズはなかなかできがよいですね。造形も洗練されてきていますし、紙とは思えないリアルさが出てきています」
ポカーンとした顔を向けられてしまいました。
「だいよんき」「だいよんきって?」「なんだけ?」「あったけ?」「なかったような」
「また忘れてるんじゃないですか?私、二度ほど見ましたよ、鳥さんのペーパークラフト」
「えーと」「つくたかなー」「だれかしってる?」「しらーん」「きおくにないです?」「ひしょがやったのかも」「そうじしょくものだなー」
「見事に忘却されてますね」
しかも秘書とかどうでもいいですし。まあいいんですけど。
やがて宴も終わって。
「にんげんさんのおかし、おいしすぎました」
「いいえ」
「おいしすぎたので、どうしたらよいです?」
「ha?」
どうしたらよいかといわれても困りますが。
「とりあえず、狩りに精を出されてはいかがでしょう?」
「なるほど」「ごもっともです」「かればかるほどうまいのです」「なー」「じゃーいきますかー?」「いくいくー」「かりだかりだ」「せいこうすると、いいのです」
狩りに対する妖精さんの欲求は強いようです。
なんだか生き生きとしています。
「ふふ」
ほほえましい気分になってきます。
「うまくかりできたら、にんげんさんに、おかしのしかえしできるかもです」
「お返しといいなさい」
「はー」


ぞろぞろと狩りの一団が草原を行きます。
変わりない草原が、今日も広がっています。
全く変化がないということではなく、地平線を隠すようにそそり立っていた廃墟の輪郭がなくなっていること。
ただなくなったわけではなく、目を凝らせば、ずっと向こう側にかすかなでこぼこを確認することができます。
どうも一日一日、草原は領土を遠方に広げていったようです。
彼らの超常的なテクノロジーを、人間は理解できません。
話していると、彼ら自身も理解できていないような節がありますが、時折見せる知識の片鱗は深遠なところに潜む巨大な知力を予感させたりもします。
実に不思議な種族なのです。
残念ながら、数が集まらないとその知性は発揮されません。
集まっても、ふとした弾みですぐに散り散りになってしまいます。せつなの奇跡。
彼らの世界が大きく進展するとしたら、集合離散の性質の間に浮島のように現れる、僅かなチャンスの集積によってのことでしょう。
彼らとともに草原を歩いている今、理解できたことが一つあります。
原始村の発展を、私が導くなんてことは必要ない。
調停間の仕事は支配でも管理でもなく、いざという時に取り持つことなのです。
いざという時に取り持てるよう、良い関係を築いて、理解を得て、もし問題があれば速やかに行動する。
そしていまや人間と妖精さんとの間に、目を覆うような悲劇は見られません。昔にはあったのかもしれませんけど、今は無名無実化している。
私は仕事を、始める前から失っていたようなものです。何もしないでいい。彼らのなすがままを見ていればいい。進化ゲームの本戦を敗退した傍観者として。
「・・・」
妖精さんがひろく発見され始めた頃。すなわち国連調停理事会発足当初は、極めて冷静かつ慎重な判断が求められるとして、その服務規程は百二十六条まであったそうです。
それが百年、二百年とたつうちに、ほとんどの項目が失効、規程から除外されていました。
今では数項目しか残っていません。
既に罰則や処分の制度もありません。
名ばかりの閑職です。
しかし今でもたった一つだけ、例外の項目があります。

第三条 調停間は、所属長の監督下で、次の各号に示す職務に従事するものとする。

1.担当地域における異種族との円滑な関係構築を試みる
2.種族災害発生時に監督者にその旨を通報すると同時に、必要な措置を取る
3.異種族社会に同種間凶悪行為・大領虐殺・戦争等の悪弊及びその徴候が見られた場合、監督者にその旨を通報すると同時に、直ちに諸問題に関する原因・発端の究明に当たる。なお理事会の支援が得られない状況であった場合、調停間の臨機の判断によって可能な限り事態の平和的解決を試みる

第三条第三項。
これだけは、今においても生きている唯一の服務規程であるといわれています。
近代都市化の引き金を引いたり、狩猟行為を提案したり、私は結構危ない橋を渡っている気がしないでもありません。
だから今、妖精さんたちの文化水準が低く一定しているのは、決して悪いことではないはずなのです。
そうなのです。停滞ではなく、安定です。安定万歳。
妖精さんに今の水準を維持してもらう。正解はこれなのです。
記録だってしやすくなりますしね。
「えものはっけんー」
妖精さんの一人が声を上げました。
その示す先に、ペーパークラフトのマンモスが一頭、ぼんやりと日向ぼっこをしていました。
「へー、マンモスですか。第五期といったところでしょうかね。うふふ。恐竜さんと戦ったらどっちが強いんですかねー」
私は子供みたいな疑問を口にしました。
妖精さんもまたさらっと答えましたよ。
「さうるす、みんなほろびましたさ」


一晩で哺乳類の時代になってマンモス!(メチャ動転しています)
見えないところで歴史は動いていました。しかも数千万年分。
それにしても二次関数って二乗に比例する関数ですよね(冷静なことを言っているようですが混乱中ですから)。
「早すぎる・・・時代の流れが速すぎる・・・」
あの奇妙な鳥類たちの台頭を見て、察するべきでした。
全く最近の人類ったら油断ならない。
「そんじゃかりだー」「かりーかりー」「あっちのわなにおいこむです」「ごーごーごーごー」
攻撃が始ります。
ぴゅんぴゅんと槍が飛び、マンモスにプスプス突き刺さりました。
とたんにマンモスは「ぱおん」と鳴き、向こう側へと逃げていきます。
そして落とし穴にあっさり落ちました。
あとはいつもどおりの展開です。
息絶えるまで攻撃は続き、バッファローノ頭蓋骨っぽい折り紙帽子をかぶったきゃっぷ氏が、とどめを刺しました。
妖精さんたちが期待を込めて、マンモスを解体していきます。
体内から出てきたのは・・・
「どこかで見たような・・・」
手作りワッフルを、保存のため通気性の低い包装紙で密閉したものでした。
表面には見たことのある、といいますか、描いた覚えのあるかわいい妖精さんのイラストが賑々しく・・・
「完全に私の作ったお菓子ですやん」
出来レースに全財産むしられたような気持ちになりました。
なんかこの世界、せまい。
「どーしました?たいりょーですが?」
「いえ・・・問題ありませんけど、ちょっと疲れて」
デイノニクス軍団に奪われたものですが、察するところ、食物連鎖で継承されていき、しまいにはマンモスの体内に収まったんでしょう。
「どーぞー、おれーです?おれーです?」
「どーもー・・・」
自分の作ったワッフルを贈り物として受け取るのは、とても虚しいものですね。
紙を破って、かぶりつきます。
人前では出来ない食べ方です。
多少へたっていますが、世界で一番おいしい格子模様が口内でばらっと砕け、局地的な幸せが生じました。こんなものにごまかされるのが女の子というものです。
「紅茶欲しいなあ」
今ならがぶ飲みできそう。
「さー、たたむよー」「おー」「たためたためー」「これくしょん、ふえるね」「はこにもどして、おかしいれると、なんかしあわせです?」「もっとかるぞー」「ぼくら、かりだいすきっぽいね?」
妖精さん、変な方向に進化しないといいんですが。

「あーさひーたーだーさーしーきらめーくまーんもーすー♪」

凱歌も高らかに、帰路につく途中のことでした。
それを目撃したのは、またしても茂みの隙間でした。
わたしはどうも、変なものを発見するのがうまいようです。
「・・・」
ああ、今の心境をどう記録したものか。
名状しがたい感情です。
悪い予感がします。
だって、茂みの合間に見つけたもの。
たまたま目があってしまった存在。
それは、
いわゆる、
なんというか、
簡単な衣服を身につけ、
道具らしき物を手にした・・・・。
「あ、あ、あ」
頭の中で、いろいろなものが連結される気配を帯びます。
事務所で見た奇妙な生物系風船。
恐竜たち。
五十センチの怪鳥。
二十センチの恐鳥。
マンモス。
そして今さっき見た
「そうです、見なかったことにしましょう」
「はーい?」
「いえ、こっちの話です。お気になさらず」
くに、と首をかしげる妖精さんには悪いのですが、私はこの件の結末が見えてきました。
茂みの間にいたのは、まあおそらく、いえ間違いなく、ペーパー原始人だったのですから。


自宅に戻ると、律儀にもおいしい夕食が用意されていました。
フレンチフライとこんがりと揚げた白身魚にキャベツのサラダ。
よく歩いた一日なので、とてもおいしかった。
自分の欲求が満たされた後、祖父に私の見たものについて打ち明けました。
「おまえというやつは・・・」
祖父は額を手で支えてため息をつきます。
「内政干渉どころの騒ぎじゃないな」
「すみません。でもお話できてよかった。一人で抱えているのは不安すぎました」
「食う前に話せ、食う前に」
「はあ」
「まったく。だが恐竜を見た時点で、予測すべきだったな。彼らは旧人類がたどった再現を好むのだと、お前の自身前回のことで知っていたはずだろうに」
「ごもっともであり、返す言葉もございません」
「気になるか、彼らの手にしていた道具が」
「はい・・・あれは・・・初歩的なつくりではありましたけど、あれは間違いなく」
私自身が、日ごろからよく使っている道具の名を出します。
「ホイッパー(泡立て器)でした」


朝早くから、村のほうに顔を出すことにしました。
草原にさしかかると、早くも胸騒ぎがしてきます。
「いない」
ペーパークラフトの気配が、まるで感じられないのです。
しんとして、出来立ての頃の草原に戻っている気がしました。
不自然です。
不安の糸に引っ張られるように、私は村を目指します。
「まだあった、よかった」
いつもと変わらぬ様子で、村はそこに在りました。
妖精さんたちもちゃんといて。
「はろー」「にんげんさーん」「おこんちです?」「きょうもひまです?」
「どーもどーも」
きゃっぷ氏もいました。
「こんにちは、きゃっぷさん」
「え、ぼく?」
折り紙かぶとを頭に乗せた妖精さんが、小首ではなく全身で傾きました。
「ぼく、きゃっぷさんじゃありませんですが?」
「え、だって?」
顔つき、わ、まあ皆さん同じ感じなので。
風変わりな帽子をかぶってるのは、彼だけだと思うのですけど。
「あら、あなた、日焼けしていたのに、妙に白いお肌に戻ってませんか?」
「けっぱくなのでー」
誉められたと思ったのか、うれしそうです。
「日焼けって回復したりするのかしら・・・でもあなたたちですもんね」
「ぼくら、ぼくらです」
「なるほど」
「ちなみに、ぼくはかぶとです」
「お名前、変えられたんですか」
「じんせい、にゅあんすですゆえ」
「攻めの人生ですね」
「せめせめですー」
「攻めの姿勢はいいんですけど、狩りはできそうにないですよ、もう。動物さんがいなくなりました」
「あー」よく理解していないようでした。「なぜだー?」
「絶滅したっぽいです」
「ぜつめつされるとこまります」
「狩猟しすぎたんじゃないですか?」
「そんなにかって、ないですが?」
「いや、きっと私の見てないところで狩りまくってます。記憶してないだけです」
「ほー?」
相変わらずの、のんき反応。
「第六期は狩れないですよね、さすがに」
「だいろっきとは?」
「原人とか猿人とか、霊長目シリーズがそのあたりじゃないんですか?」茂みで見たものを説明します。「身長は十センチ前後、おまけに人間タイプですからね」
紙ですけど。
「道具を使っていたということは、知能が高いということですから、ペーパークラフトといえど抵抗がありますよね」
「なんだかわからんですけど」
「うーん」
「わっふる、まだいっぱいあるです。おかしもいっぱい、あります。だからかりは、いまのとこ、いいのです」
まるで明日を見ていませんね。
「とゆーことで、きょうもうたげ。にんげんさんもどーぞ」
「おかしでーす」「うたげー」「にんげんさんー」「らーららー」
たくさんのお菓子が運ばれてきます。
中には、見たこともない種類もありました。
少々興味が惹かれます。
「仕方ないですね」
スイーツなときが過ぎていきます。
次はティーセットを持参しよう、と決意します。スイーツにはティーだと遺伝子が叫んでいるわけで、このすばらしい文化を彼らにも伝えない手はありません。
「ちなみに、こういうの飽食の時代って言うんですよ」
「ほー」
だめですね、この人たち。
「油断してると、台頭してくる新種族に攻め滅ぼされてしまいますからね」
「まさかー」

オロローン!

台頭してきた新種族が攻めてきました。

「ぴーーーーっ、てきしゅーーーーーっ!?」
誰かが叫びました。
慌てふためく村人たち。右往左往。
チームワークはゼロです。
対策一つ講じることもできず、敵の突入を許しました。
たちまち村は阿鼻叫喚のちまたとかします。
「わー」「ひー」「うぴー」「てきですー」「はいってきたー」「にげれー!」
せめて来たのはペーパー原始人でした。
昨日目撃した彼らです。
いや、もう原始人というのも躊躇われる、高度に統制された軍勢です。
生身ではありません。武装しています。
紙の鏃と竹ひごで作った槍、紙の兜、紙の鎧。
石器ならぬ紙器《しき》文明のようです。
「しかもあれ・・・・馬・・?」
ペーパークラフトの馬を家畜化し、騎馬にしているのです。
騎馬というものは、私たちが想像するよりはるかに戦闘に寄与します。
武具にも差がありました。
みたところ妖精さんは初歩的な槍しかもっておりません。
彼らのスタイルが、それ以上の技術を必要としなかったのです。
対してペーパー原始人は、全身を高度な武具で覆っています。
しかもただの紙ではありません。
そう、ダンボールです。
ダンボール、それは最強の紙。
強度があり、どのような重量物でも梱包することが可能です。
その用途は広く、旧人類最盛期には寝具や住居にも利用されたと伝わっています。
住居というのは、ちょっと想像つかないんですが。
「強度の面で、ペラペラの紙とは雲泥の差があるはずです」
「ほほー」
「落ち着いていますね、こんな時でも」
「たいがんのかじ、だから?」
「でも明日はわが身ですよ」
広場では遅まきながら防衛線が張られています。
ですが戦うすべを知らず、ろくな武器をもたない妖精さんは、あっという間に騎兵に蹴散らされてしまいました。
「あー!」「つよいー」「かたいですー」「なんてことー」「かなわぬですー」「にげろー」「ぴーーっ」「のー!」
妖精さんはそのまま散り散りになっていきます。あーあーあーあー。
騎兵はこっちにもやってきました。
「ほら来た」
「あらー?」
「あなたも逃げたほうがいいですよ。いじめられますよ」
「そーしますか?にんげんさんと、またあいますか?」
「次のお祭りがあれば」
「なるほどなー」
喜怒哀楽からまんなか二文字を抜いたようなのんき顔で、うんうんとうなずきます。
「またいずれ」
ぴゅんと吹き荒ぶ風の速度で、姿を消してしまいました。
騎兵は人間には興味がないようで、私のことは無視して駆け回り、村全体をくまなく荒らしまわりました。
一人が、マンモスのつの部分をそのままやりに加工してあるのを見て、私も納得しました。
マンモスを狩っていたのは、妖精さんだけではなかったのです。
私の見ていないところで、もっといろいろな大型動物がたくさんいたんでしょうね。草原には。
同じ地域に住むに種族がこぞって狩りを行なったものだから、狩猟圧が高まって一気に絶滅してしまったのでしょう。
残されたのは、草原の二部族だけ。
闘争は必定だったといえましょう。
そして今、最後の淘汰が終わろうとしています。
妖精さんは次々と柵を超え、草原へと追い立てられていきました。
天幕が倒され、柵は破壊され、貯蓄していた僅かなお菓子も奪われ、広場に積み上げられていきました。
文明の終焉の光景とは、こういうものです。
「無情だなー」
こうして、一つの時代が終わりを告げました。
逃げ行く小さな友に向けて、胸の前で小さく手を振ります。
「皆さんお達者でー」
「おい、孫娘」
書き物を中断させられると、奥ゆかしい乙女である私ですが、ついつい「うー」となってしまいます。
「なんですか」
「ひどい顔だ」
不機嫌がモロに顔に出るたちですから。
でもせめて優雅に憂いといって欲しかった。
「ほっといてください。なんです?」
「あのな、廃墟で奇妙なものを目撃したという噂が里で広がっているんだが」
「奇妙なもの、というと?」
祖父は私に疑いの視線を向けてきました。
「紙でできた象やらトラやらが、うろついているそうだ」
「・・・・」
私と祖父の目線が、まっすぐにぶつかりました。
「お前、今日は彼らの様子を見に行ったか?」
「いえ、だってこれ書いてて、それにおかしいです。妖精さんたちは散り散りになったんですよ?もう誰もペーパークラフトを作ってないはずです」
「知っているが、本当に解散したのか?聞いた話では、そういう哺乳類群はまだリリースされていなかったはずだが」
「散ってますよ。私の目の前で。紙人間たちに侵略を受けて」
「うむ、では確認できなかったが、そういう動物群が投入されていたということか?」
「だと思いますよ。そもそも私、妖精さんがペーパークラフト造ってるところを見たことがなくて」
「間違いなく、彼らが作ったものだろうが」
「それはそうなんですけど、どうも、ふに落ちない部分もあって」
「というと?」
「いえ、おととい見た紙人間さんなんですが、原始的なホイッパーをもってたんですよ」
「うむ」
「で、機能は同じ種が一気に騎馬文明になっていたんですけど。これって、自然なことですよね?」
「そうだな。家畜にくわをひかせるくらいになると、人口許容量は一気に跳ね上がる」
「たくさんの食料が手に入るからですね」
「そうだ。農耕における土地あたりの食料供給量は、狩猟採集民とは比べ物にならない。ゆえに農耕民は王や神官などの専門職を養うゆとりが出てくるのだ。結果として、狩りになれた狩猟採集民よりも戦闘的な気質を持つようになる。農耕文明のほうが、より野蛮で凶悪なのだ。また農耕に伴って道具も発展するし。それは鉄器や青銅器の誕生に繋がる。家畜化によって馬を戦場に乗り入れるための乗り物とするようになれば、周辺のより弱い文明を侵略するようになる。一連の再現性は驚くほど高い。必然といってもいいな。対して狩猟採集民は、民族の性質として平等で誰か一人が絶対的な権力を持たない。なぜなら食料の貯蓄が難しく、富の集中が起こらないからだ。この一例としては、」
「まあ、そういう話でしたよねー」
長くなりそうな祖父のトークを、強引に区切ります。
演説を途中でカットされた祖父は「うー」という顔をします。ああ、遺伝ですかこれ。
「で、ひっかかる部分というのは?」
「紙人間にとって、食料ってのはおかしなわけじゃないですか」
ペーパーザウルスは、妖精さんの気まぐれ設計思想により、お菓子を体内におさめることに執着していました。
あのシリーズは皆そうなのです。
当然、ペーパー霊長類も同じでしょう。
このあたりは祖父も理解しているはずで、私は結論から述べることにしました。
「妖精さんはお菓子を作れません。恐竜たちも。でも、もし彼ら紙人間が自らお菓子を作れるのだとしたら?」
祖父の顔に、たちまち理解の光がさしました。
「ホイッパー、そうか!」
「これって、まるで農耕ではないでしょうか?」
「うむ、む」
農耕によって食欲が満たされた紙人間たちは、専門職を養う余裕が出て、それは結果として専門の兵士を生むことになります。
紙器のホイッパーは、さぞかし不便な使い心地だったでしょう。
やがて耐久紙が生み出され、髪の技術が上がり、ダンボールへと到達し、技術の転用で武具までも発達していったとすれば?
「うーむ、なんとも因果な話だな」
「あれだけ紙工作ができることが、あだとなりましたね。正直、間が抜けている感もありますけど」
「だからいいのかもしれん。そこが人間とは違うってことだろうな」
祖父は物思いにふける顔で、窓際に腰を乗せます。
私も隣に立ち、すがすがしいほどの青空に顔を向けました。
「妖精たちがいなくなったのなら、ペーパークラフト騒動もじきに治まるだろう」
「そうですね」
三階の事務所からは、里の様子が一望できました。
「ん?誰か来るな」
「お客さんですか?」
建物への道を、ひょろっとした人影がのんびり歩いてきます。
少しぎこちない歩き方で。
その人物は、三階の窓から身を乗り出す私たちを見つけ、手を振ってきます。
「あのー、失礼します。国連の調停事務所を訪ねてきたものですが」
「ここがそうですよ」
祖父が階下に声を投げ返します。
うん、お任せしてしまいましょう。
さっと頭を引っ込めて自分のデスクに戻ります。
祖父はしばらく、旅の人と言葉を交わしていたのですが、
「おい、お前に用事があるそうだ。くるぞ」
「え?わたしに?」
「心当たりはあるか?」
ぶんぶんと首を左右に振ります。里の知り合いなんてほとんどいません。
やがて事務所のドアがノックされます。
「わからんが、相手してやれ」
「わ、わ、わ。あ、あ、あ」
祖父の無茶な要求に私の頭はまっしろになります。ジタバタと手を振って無力をアピールしますが、空気をいくら撹拌しても状況はいっかな変化したりはしませんでした。
とりあえずドアを開けて出迎えるしかありません。
震える手でドアを開けます。
「は、はい、調停間ですけど」
出た瞬間、軽くのけぞりました。
帽子の下に仮面をつけていたのです。
太字で大雑把に書いた人の顔。どことなくエスニックな印象です。
衣服も足首まであるポンチョみたいですし。
「な、な、な」
「ああ、これですか。失礼。これは我々のアイデンティティーでして。まあよそ行きの衣装とでも思ってください」
と仮面の下からくぐもった声で言います。
「は、はあ」
リアクションできません。
「ほうほう、南米の守護神ですかな、それは」
祖父が好奇心前回で話しかけます。
「ええ、仮面を作るときに用いた資料が南米の古代文明のもので」
「ふむ、空中庭園で発見されたものを参考にしたようだ」
「良くご存知ですね、引退なさった種族とは思えない」
「なに、手慰みですよ」祖父がお客さんを室内に手招きします。「さ、お入りなさい。汚くてすまないが」
「いえいえ、では失礼しますよ」
「おい、ランプどかしてくれるかね」
「あ、はいっ」
ああ、ひそかにマイブースにしようと狙っていた私好みの暗くて狭い小空間が、本来の用途で用いられてしまう。
私と祖父が並んで座り、対面に仮面氏を迎えます。
「で、どこの里から?」
「ああ、そこの山のふもとで、最近越してきたばかりですがね」
「近いな。片道数時間といったところか」
「いずれまた里の皆さんには改めてご挨拶を」
「ここの者達はのんびりしていてね。そのときは気楽に着てくれて構わんよ」
「ありがたい。皆さんとは良くやっていきたいものです」
「おい、お茶か何か持ってきなさいよ」
祖父が私に命じますが、即座に仮面氏が手を差し出して静止しました。
「あ、いや、われわれは、その、戒律がありまして。訪ねた先での飲食には厳しい制限があるのですよ」
「変わった習慣ですな。どこかの少数民族の血筋であられるのかね?」
「まあそのようなものです。口にできるものが限られておりましてな」
「ほほう、あとで詳しくうかがいたいね。そういう話がすきでね」
「ええ、ぜひ」
「あの、それで、私に用、って?・・・」
消え入りそうな声で尋ねます。仮面越しに発せられる、この人ちょっとへんですぅ、プレッシャーがすごいのです。
「ええ、あなたが大変ご高名なパティシエール(菓子職人)だとうかがいましたもので」
「え、ええっ?」
パティシエールって!
「我々はそれに目がないものでして、ぜひ一度、その、振舞っていただけないものかと、ずうずうしくもお願いにうかがったしだいで」
「そ、そんな、その、ぱてぃ、じゃない、です・・・」
両手を腿の間に挟んで、私は軽くうなずきます。
「今はそういう、資格みたいなものはありませんからな。まあ孫は多少、菓子作りをたしなむようですが」
「しかし我々の里には、噂が届いていますよ。とてもおいしいお菓子を作られると」
「いえ、そんな、です・・・」
もっと俯いてしまいます。
このまま床に沈んで生きたい気分。
「素材になるようなものをいくつか持参したのですが、差し支えなければ、これを用いて何か、それで、もしよろしければ、今後交易など・・・」
「おい、今日は菓子は持ってきておらんのか?今朝方、何か作っていたじゃないか」
祖父が思い出したように言います。
「フルーツケーキをちょっと・・・」
「フルーツケーキ!?すばらしい、そういう生ものはなかなか口にできませんな」
「わけてあげたらどうかね」
「あ、えと、じゃあ・・・」
小走りでバスケットを持ち帰り、包装紙で包んだケーキを三つとも出して、そのままずずいと押しやりました。
季節のフルーツたると。
野いちごを中心に、フリーズドライの果実数種を用いて仕上げた、パウンドケーキ。挟んであるクリームはほんのりバナナ風味。果実の鮮度に劣るぶん、のイチゴはふんだんに用いてます。
「さしあげ・・・さしあげ・・・」
「なんと!」
「たいしたものではないので、ごにょ・・・」
「感激です。ああ、すばらしい色艶だ。ううむ、もう我慢できませんな。さっそく」
仮面氏はマスクを少しずらして、指先でむしりとったケーキを口内に押し込みました。
「お、おお、うまい、これはうまい!」
「ども・・・」
「私はそういう菓子はあまり食べないのでわからんが、君たちの種族は甘いものを好むかな?」
「それはもう!菓子こそわれらの生きる原動力といっても良いでしょう。ああ、もう少し、少しだけ・・・」
仮面氏はたちまち二つのケーキを平らげてしまいました。
「ああ、最後の一つもいただいてしまいたいが、これは皆にも味わってもらわねば」
「なまものですから、おはやめにめしあがって、くださ・・・」
通気性のない長期保存用の紙で包んでいますが、さすがにケーキは何日ももちません。
「そうですな。ううむ、もっといろいろなお話をうかがいたいのだが、早く持ち帰らねば。それでもしよければ、先ほどの話だけでも今ご検討いただけませんかな?」
「・・・え?」
横から祖父が肘でついてきます。
「お前と交易をしたいそうだ」
「交易・・・」
「ぜひ。我々は独自の技術を持っています。特に今では入手しにくいいくつかを技術復元しておりますので」
「お菓子の材料を?」
「ええ、そうです」
変わった里もあったものです。
今はどこも、自給自足の態勢確立を第一にしている関係で、なかなか娯楽品までは手が回らない時代なんですが。
「材料がいろいろあると、その、助かりますし、えと、その・・いいです」
「お引き受けいただけると?」
「ha」
「すばらしい・・・」仮面氏は勢いよく立ち上がり、わなわなと震えます。歓喜の身震いでした。
「すぐ里に戻り、このことを皆に伝えねば!」
「お帰りかね」
「はい!お名残惜しいのですが、今日のところはこれで失礼しなければ。この宝が硬くなってしまう前に」
大事そうにケーキを抱えました。
「次はもっとゆっくりしていきなさいよ」
「はい!それでは調停感度の!またの機会に!」
仮面氏は突風の慌しさで、事務所を後にしました。
「はー・・・」
私はプレッシャーから解放されて、ほっと一息。
「人見知り、本当に全然治ってないのだな」
「そんなことより、おじいさん、気付きましたか?仮面をずらした時・・・」
「ん、ああ、あれな」
顔を見合わせ、同時に口を開きます。

「紙っぽかったな」「紙っぽかったです」


まさかとは思います。
思うのですが、否定しきれないのも確かです。
私は、ペーパーザウルスやペーパーアニマルが、逐一シリーズごとに作られているものだと思い込んでいました。
普通はそう考えますよね。
けど、一つの重大な可能性を失念していたようです。
あまりによくできた紙生物。
彼らはゴム動力という信じがたいほど単純な力で、驚くほど緻密に、かつ長時間活動することができるのです。
なら、より高度な仕組みを発達させていてもなんら不思議ではないはず。
例えば、繁殖とか、進化と言う仕組みを。
「思えば、事務所でおじいさんが拾ったごみ・・・」
「よせよせ、考えるだけ野暮だ」
「これ、ほっといてもいいんですかね?」
「平和的に交易を望んでいるんだから、いいんじゃないかね?お前だって、今後心置きなく菓子作りができるのだから」
「そうなんですけど、あの、もしかすると、廃墟で目撃されたペーパーアニマルって、生態系に適応して、それってつまり・・・」
「なるほうにしかならん、諦めろ」
「あはははー」
私はゆっくりとソファアに沈み込みます。
仮面氏の退室により、扉が開け放たれらままの事務所を、妙に紙っぽい蝶がひらひらと優雅に横切っていきました。

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