2015年4月10日 星期五

1928前日本之驅逐艦群(一等駆逐艦)

海風型駆逐艦 1911年9月28日-1936年4月1日

海風(うみかぜ)
1911年(明治44年)9月28日、舞鶴海軍工廠で竣工。第一次世界大戦では第一南遣支隊所属で南洋群島方面へ進出。1930年(昭和5年)6月1日、掃海艇に類別変更され、「第七掃海艇」(2代)に改称。1936年(昭和11年)4月1日、除籍。

山風(やまかぜ)
1911年10月21日、三菱長崎造船所で竣工。第一次世界大戦では第一南遣支隊所属で南洋群島方面へ進出。1930年6月1日、掃海艇に類別変更され、「第八掃海艇」(2代)と改称。1936年4月1日、除籍。 



浦風型駆逐艦 

浦風(うらかぜ)1915年9月14日-1948年9月9日
1915年(大正4年)9月14日英ヤーロー社で竣工。主に中国方面で活動する。1936年(昭和11年)7月1日除籍、船体は横須賀海兵団の練習船として使われる。1945年(昭和20年)7月の空襲により浸水着底。1948年9月9日解体。

江風(かわかぜ)1916年-1944年11月1日
英ヤーロー社で建造。1916年(大正5年)進水直前にイタリアへ譲渡、「アウダーチェ」(Audace)と命名される。1943年にドイツ軍の手に渡り「TA20」と命名された。1944年11月1日にパゴ島沖で英駆逐艦らにより撃沈された。



磯風型駆逐艦 

磯風(いそかぜ)1917年2月28日-1935年4月1日
1917年(大正6年)2月28日、吳海軍工廠で竣工。1935年(昭和10年)4月1日、除籍。

浜風(はまかぜ)1917年3月28日-1935年4月1日
1917年3月28日、三菱長崎造船所で竣工。 1919年(大正8年)、大演習時に波浪により艦橋破壊、笹尾源之丞司令が殉職する事故を起こす。1935年4月1日、除籍。

天津風(あまつかぜ)1917年4月14日-1935年4月1日
1917年4月14日、吳海軍工廠で竣工。1935年4月1日、除籍。

時津風(ときつかぜ)1917年2月28日-1935年4月1日
1917年2月28日、川崎造船所で竣工。1918年(大正7年)3月25日、宮崎県の折生迫(おりうざこ)海岸で座礁し、船体を破壊する。これにより時津風は使用不能となり、兵装、備品を取り外 して放棄される。同年12月2日舞鶴海軍工廠で、座礁した時津風から取り外された兵装・備品を利用して代艦を起工し、1919年(大正8年)3月31日に 進水、1920年(大正9年)2月17日に完成した。代艦が造られたため実際には新造扱いであるが、この時津風のケースは「大修理」として扱われたため、 代艦も時津風として扱われた。1935年4月1日、除籍。



江風型駆逐艦


江風(かわかぜ/かはかぜ)1918年11月11日-1934年4月11日
1918年(大正7年)11月11日、横須賀海軍工廠で竣工。全力航試では計画値を上回る40,000馬力、39ノット強を記録した。1934年(昭和9年)4月1日除籍。

谷風(たにかぜ)1919年1月30日-
1919年(大正8年)1月30日、舞鶴海軍工廠で竣工。1935年(昭和10年)除籍。終戦時吳にあり、戦後解体。



峯風型駆逐艦


峯風(みねかぜ)1920年5月29日-1944年2月10日
1920年(大正9年)5月29日、舞鶴海軍工廠で竣工。佐世保近海警備のほか主にトラック島方面への船団護衛に従事。1944年(昭和19年)2月10日、米潜水艦「ポーギー」(Pogy)の雷撃により台湾沖にて戦没。

澤風(さわかぜ/さはかぜ)1920年3月16日
1920年3月16日、三菱長崎造船所で竣工。大戦中は主に船団護衛に従事。無事終戦を迎え、船体は福島県小名浜港で防波堤に転用された。

沖風(おきかぜ)1920年8月17日-1943年1月10日
1920年8月17日、舞鶴海軍工廠で竣工。大戦中は主に船団護衛に従事。1943年(昭和18年)1月10日、米潜水艦「トリガー」(Trigger)の雷撃により勝浦燈台南方8海里にて戦没。

島風(しまかぜ)1920年11月15日-1943年1月13日
1920年(大正9年)11月15日、舞鶴海軍工廠で竣工。1940年(昭和15年)4月1日、哨戒艇に改装され艦種変更、「第一号哨戒艇」と改名される。1943年1月13日、米潜水艦「ガードフィッシュ」(Guardfish)の雷撃によりカビエン沖にて戦没。

灘風(なだかぜ)1921年9月30日-1945年7月25日
1921年(大正10年)9月30日、舞鶴海軍工廠で竣工。1940年4月1日、哨戒艇に改装され艦種変更、「第二号哨戒艇」と改名される。1945年(昭和20年)7月25日、英潜水艦「スタッボーン」(Stubbon)の雷撃によりジャワ海(爪哇Java Sea)にて戦没。

矢風(やかぜ)1920年7月19日-1948年
1920年7月19日、三菱長崎造船所で竣工。1942年(昭和17年)5月5日、標的艦に改装。同年7月20日、特務艦に艦種変更され航空攻撃訓練に従事。無事終戦を迎えるも横須賀係留中に浸水し着底。1948年(昭和23年)7月から9月にかけて解体された。

羽風(はかぜ)1920年9月16日-1943年1月23日
1920年9月16日、三菱長崎造船所で竣工。南方攻略作戦に参加した後、主に船団護衛に従事。1943年1月23日、米潜水艦「ガードフィッシュ」(USS Guardfish, SS-217)の雷撃によりカビエン(巴布亞新畿內亞城鎮卡維恩Kavieng)沖にて戦没。

汐風(しおかぜ/しほかぜ)1921年7月29日
1921年7月29日、舞鶴海軍工廠で竣工。大戦中は主に空母機動部隊護衛や船団護衛に従事。無事に終戦を迎え、船体は福島県小名浜港で堤防に転用された。

秋風(あきかぜ)1921年4月1日-1944年11月3日
1921年4月1日、三菱長崎造船所で竣工。大戦中は主に船団護衛に従事。1944年11月3日、米潜水艦「ピンタド」 (USS Pintado, SS-387)の雷撃により南シナ海にて戦没。「ピンタド」は「卯月、夕月」の爆雷攻撃を受けて退避し、「隼鷹」は難を逃れた。「秋風」の沈没地点はルソン島(呂宋島)サンフェルナンド(菲律賓伊羅戈斯聖費爾南多San Fernando)西方北緯16度50分 東経117度11.9分。「秋風」が「隼鷹」の楯となったのか、「隼鷹」を狙って外れた魚雷が偶然「秋風」に命中したのかは定かではない。

夕風(ゆうかぜ/ゆふかぜ)1921年8月24日-1947年8月
1921年8月24日、三菱長崎造船所で竣工。大戦中は主力部隊警戒隊として待機のまま無事に終戦を迎える。1947年(昭和22年)8月14日、戦時賠償艦としてイギリスに引き渡された。1947年(昭和22年)8月、シンガポールでイギリスに引き渡された後、現地で解体され、26年の艦歴を閉じた。

太刀風(たちかぜ)1921年12月5日-1944年2月17日
1921年12月5日、舞鶴海軍工廠で竣工。第11航空艦隊付属として行動。1944年2月17日、米空母艦載機の攻撃によりトラック島沖にて戦没。

帆風(ほかぜ)1921年12月22日-1944年7月6日
1921年12月22日、舞鶴海軍工廠で竣工。北方作戦に参加した後、主に船団護衛に従事。1944年7月6日、米潜水艦「パドル」(Paddle)の雷撃によりセレベス海サンギ島西岸沖にて戦没。

野風(のかぜ)1922年3月31日-1945年2月20日
1922年(大正11年)3月31日、舞鶴海軍工廠で竣工。1943年7月、キスカ島撤退作戦などに参加。1945年(昭和20年)2月20日、護衛任務中に仏印カムラン湾で米潜水艦「パーゴ」(USS Pargo, SS-264,Pargo)の雷撃により戦没した。

波風(なみかぜ)1922年11月11日-1960年
1922年11月11日、舞鶴海軍工廠で竣工。1943年7月、キスカ島撤退作戦などに参加。無事に終戦を迎え1947年10月3日、戦時賠償艦として中華民国に引き渡された。中華民国海軍に編入後、「瀋陽」(Shen Yang)と改名。1960年(昭和35年)に退役、除籍され解体となった。

沼風(ぬまかぜ)1922年7月24日-1943年12月18日
1922年7月24日、舞鶴海軍工廠で竣工。キスカ島撤退作戦などに参加。1943年12月18日、米潜水艦「グレイバック」(Grayback)の雷撃により沖縄南方沖にて戦没。



神風型駆逐艦(2代)


神風(かみかぜ)1922年12月28日-1947年10月31日
1922年12月28日、三菱造船長崎造船所で竣工。当初の艦名は「第一駆逐艦」。1924年4月「第一号駆逐艦」に改称。大戦中は主に船団護衛に従事。無事に終戦を迎える。戦後復員輸送に従事。1946年6月7日、御前崎付近で座礁した海防艦「国後」を救援中、本艦も座礁し放棄された。1946年6月27日除籍。1947年10月31日解体終了。

朝風(あさかぜ)1923年6月16日-1944年8月24日
1923年6月16日、三菱造船長崎造船所で竣工。当初の艦名は「第三駆逐艦」。1924年4月「第三号駆逐艦」に改称。大戦中は主に南方攻略作戦と船団護衛に従事。1944年8月24日、米潜水艦「ハッド」の雷撃によりリンガエン湾西方沖にて戦没。

春風(はるかぜ)1923年5月31日-1944年10月24日
1923年5月31日、舞鶴要港部工作部で竣工。当初の艦名は「第五駆逐艦」。1924年4月「第五号駆逐艦」に改称。大戦中は主に船団護衛に従事。1944年10月24日ルソン海峡でアメリカ潜水艦「シャーク」(バラオ級潜水艦)を爆雷34発で撃沈した。終戦時は艦尾を失った状態で残存。船体の一部は京都府竹野港の防波堤に転用された。

松風(まつかぜ)1924年4月5日-1944年6月9日
1924年4月5日、舞鶴要港部工作部で竣工。当初の艦名は「第七号駆逐艦」。大戦中は主に船団護衛に従事。1944年6月9日、米潜水艦「ソードフィッシュ」の雷撃により父島東北方沖にて戦没。

旗風(はたかぜ)1924年8月30日-1945年1月15日
1924年8月30日、舞鶴要港部工作部で竣工。当初の艦名は「第九号駆逐艦」。大戦中は主に船団護衛に従事。1945年1月15日、米海軍機の攻撃により台湾高雄にて戦没。

追風(おいて/おひて)1925年10月30日-1944年2月18日
1925年10月30日、浦賀船渠で竣工。当初の艦名は「第十一号駆逐艦」。大戦中は主に船団護衛に従事。1944年2月18日、米海軍機の攻撃によりカロリン諸島トラック島沖にて戦没。

疾風(はやて)1925年12月21日-1941年12月11日
1925年12月21日、東京石川島造船所で竣工。当初の艦名は「第十三号駆逐艦」。1941年(昭和16年)12月11日、ウェーク島攻略作戦に参加し同島の米海兵隊沿岸砲の砲撃によりウィルクス島沖にて戦没。太平洋戦争における日本艦艇の戦没第一号。

朝凪(あさなぎ)1924年12月29日-1944年5月22日
1924年12月29日、藤永田造船所で竣工。当初の艦名は「第十五号駆逐艦」。大戦中は主に船団護衛に従事。1944年5月22日、米潜水艦「ポラック」の雷撃により父島北西方沖にて戦没。

夕凪(ゆうなぎ/ゆふなぎ)1925年4月24日-1944年8月25日
1925年4月24日、佐世保海軍工廠で竣工。当初の艦名は「第十七号駆逐艦」。大戦中は主に船団護衛に従事。1944年8月25日、米潜水艦「ピクーダ」の雷撃によりルソン島北西岸にて戦没。 



睦月型駆逐艦


睦月(むつき)
1926年(大正15年)3月25日、佐世保海軍工廠で竣工。当初の艦名は「第十九号駆逐艦」。1942年(昭和17年)8月25日、軽巡洋艦「神通」と共にガダルカナル島へ向かう陸軍輸送船団護衛中、サンタイサベル島沖で米陸軍機の爆撃を受け沈没(第二次ソロモン海戦)。

如月(きさらぎ)
1925年(大正14年)12月21日、舞鶴要港部工作部で竣工。当初の艦名は「第二十一号駆逐艦」。1941年(昭和16年)12月11日、ウェーク島攻略作戦中、同島南西岸でF4F戦闘機の攻撃を受け魚雷(一説には爆雷)が誘爆し爆沈。

弥生(やよい/やよひ)
1926年(大正15年)8月28日、浦賀船渠で竣工。当初の艦名は「第二十三号駆逐艦」。1942年9月11日、ラビ輸送作戦の帰途、ニューギニア・ノーマンビー島東方で駆逐艦「磯風」と共に行動中、米陸軍、英軍爆撃機の爆撃を受け沈没(ラビの戦い)。

卯月(うづき)
1926年9月14日、東京石川島造船所で竣工。当初の艦名は「第二十五号駆逐艦」。1944年(昭和19年)12月12日、オルモック輸送作戦中、米魚雷艇PT-490ほかと交戦し、被雷沈没。

皐月(さつき)
1925年11月15日、藤永田造船所で竣工。当初の艦名は「第二十七号駆逐艦」。1944年9月21日、船団護衛任務中、マニラ湾外マシンロックで米空母機の爆撃を受け沈没。

水無月(みなづき)
1927年(昭和2年)3月22日、浦賀船渠で竣工。当初の艦名は「第二十八号駆逐艦」。1944年6月6日、あ号作戦中、タウイタウイ島南方で米潜水艦「ハーダー」の雷撃を受け沈没。

文月(ふみづき)
1926年7月3日、藤永田造船所で竣工。当初の艦名は「第二十九号駆逐艦」。1944年2月17日、トラック島北東水道で、米空母機の爆撃を受け大破、翌日に沈没。

長月(ながつき)
1927年4月30日、東京石川島造船所で竣工。当初の艦名は「第三十号駆逐艦」。1943年(昭和18年)7月5日、クラ湾夜戦で座礁。翌日米軍機の爆撃を受け大破、放棄。

菊月(きくづき)
1926年11月20日、舞鶴要港部工作部で竣工。当初の艦名は「第三十一号駆逐艦」。1942年(昭和17年)5月4日、ツラギ攻略作戦中、米空母機の爆撃を受けツラギ港カブツ東岸に擱座。翌日再度爆撃を受け沈没。

三日月(みかづき)
1927年5月7日、佐世保海軍工廠で竣工。当初の艦名は「第三十二号駆逐艦」。1943年7月27日、ツルブ輸送作戦中、グロスター岬沖で座礁。翌日米陸軍機の爆撃を受け大破、放棄。

望月(もちづき)
1927年10月31日、浦賀船渠で竣工。当初の艦名は「第三十三号駆逐艦」。1943年10月24日、ジャキノット輸送作戦中、同湾内で米海兵隊機の爆撃を受け沈没。

夕月(ゆうづき/ゆふづき)
1927年7月25日、藤永田造船所で竣工。当初の艦名は「第三十四号駆逐艦」。1944年12月12日、オルモック輸送の帰途、セブ北北東沖で米海兵隊機の爆撃を受け沈没。 



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